鮨職人であることが存在意義。鮨というステージで、「主役」になることに魅せられて

鮨 ほしやま
星山 忠史

■「かっこいい。」その思いだけで飛び込んだ鮨職人の世界

星山さんは、なぜ鮨職人を志したんですか?

進路選択の際に、「料理人ってかっこいいな」と思ったのがきっかけです。中学3年生で進路を決める時になって、何をしようかな、と考えた時に、自然と浮かんだのが料理人の道でした。なんとなく、カウンターでお客さんと直に接する仕事が「かっこいい」というイメージがあったんですよ。当時はイタリアンやフレンチには馴染みがなく、割烹などの存在も知らなかったので、TVや幼少期の外食などでイメージがしやすかった鮨職人を選びました。昔、一度だけカウンターの鮨屋に連れて行ってもらったことがあり、その時の印象は今でも強く残っています。
もともと両親は料理とは無関係の仕事をしていましたし、料理と無関係の高校に進学しましたが、高校卒業後は脇目もふらずに鮨職人の世界に入りました。

就職の際には、やはり有名店に弟子入りしたのでしょうか?

いえ、就職先はカウンターの大衆店でした。どうやって鮨職人の世界に入ればいいかわからなかったので、高校で募集していた求人に応募して、社員として就職しました。
結局そのお店では、計7年修行しました。大衆店とはいえ職人の育成マニュアルがあり、まず仕込みを覚えて、3年目からは握りの練習、4年目からはカウンターに立てる・・・というように、徐々に仕事を任されるようになるシステムでした。
個人経営の鮨屋とは異なり、師匠・弟子という関係ではなくもっと組織化されていました。しかしやはり職人の世界なので、一般の会社よりは上下関係は厳しめでした。
当初は魚をさわれるだけで楽しかったのですが、長く続けていくうちに、理想と現実のギャップが表面化してきてしまって。鮨職人の世界にいる以上は、いずれは自分のお店を出したいとは考えていたのですが、このままではその夢に到達するまでの道筋を描けない、と思ったんです。もっとレベルの高い魚を触りたいと思っていましたし、全国展開の大衆チェーン店では玉子やかんぴょうの仕込みなどを自分ですることはなかったので、このお店では技術は磨けても、自分が求める実力をつけることはできないと思い、転職を決意しました。

■苦難の時・・・目標を見失い、暗中模索の日々

一つ目のお店をやめてから、すぐに次のお店に移られたんですか?

いえ、実は最初の店をやめてからもなかなか踏ん切りがつかず、目標もなく漫然と日々を過ごした期間がありました。その頃が一番しんどい時期でしたね。
鮨とは全く関係ない仕事に就いたりもしていました。そこは給料もそこそこあって、土日も休みで安定していたのですが、仕事を楽しいと思えなくて。仕事と休日の切り替えが下手だったので、休日すらも楽しくない日々が続き、これではダメだと思いました。
やはり鮨屋での仕事は楽しかったですから。
そんな時、インターネットの求人サイトで、「鮨 まつもと」を見つけて、応募してみたんです。それが転機となりました。

鮨 ほしやま

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