京料理に求められるのは、冒険心と次世代への技術継承

祇園 さゝ木
佐々木 浩

祇園ささ木

■独立のきっかけは、バブル崩壊

いよいよ料理長になられたんですね。

佐々木氏:
それで川西池田というところにある「さくら」という店に行ったんですが、僕は滋賀県から通っていたんで、片道2時間半かかるんですよ。

せっかく声かけて頂いたんですが、続けていくのが難しく感じたんで、弟分に「さくら」さんの話をした時に「働いてみたいです!」ということで、彼に替わってもらって、1年で引いた。

その後は先斗町にある「ふじ田」という店のオープンに立ち会ってくれへんか、という話があって、そこの料理長として8年半いました。

ちょうどバブルの頃ですか?

佐々木氏:
そうそう、店のオーナーたちとゴルフに行こうとみんなで車に乗っているときに、ラジオからブラックマンデーのニュースが流れたんですよ。1987年10月19日ですね。それまで大さわぎだったのが、社長も無言になってしまいましたね。

それからしばらくして、バブルが崩壊したら、もう火の車ですよ。それでオーナーから店の社長兼店主にならへんか?と持ち掛けられたんですが、仲のいいお客様に相談したら経営状態を全部調べてくれて、「もし競売になったりして店を失ったら、お前も店の若い子も大変なことになる。やめとけ」と言われたので断りました。

断ったものの、これをきっかけに改めて独立を考えることになった。「『ふじ田』は違う人間が料理長になるやろう、自分は自分でお店を持とう」と独立を決意したんです。しかし、今度はいくら探し回ってもなかなかいい物件が見つからないんですよ。

物件との出会いがないんですよね。男と女と一緒ですよ、不動産って。でもある時ポーンといい話が来て、「臨湖庵」の親方にも見てもらったら「お前やったらいけるわ」ということで、そうなるとトントン拍子に話が進んだんですよ。

やっと物件が決まって、一銭も金がないから銀行に行くんですが、バブル崩壊してどこも大変な時で、いろいろと行ったけど全然貸してくれないんですよ。12軒目にいったある銀行は、貸す気もないのに偉そうに接されて、ついに、キレて帰っちゃった。

それで契約期限の直前になっても決まらない。兄から200万円借りたところで、ふと、お客様に滋賀銀行の取締役がいたのを思い出した。ダメ元でもと思い、電話したら、会ってくれるという。他の銀行とはえらい違いですよ。事情を話したら、「今すぐ振り込むから」と、500万円の借用をOKしてくれた。取締役決裁というのがあるんですね、次の日銀行に書類を持って行って、その取締役のお客様が秘書に指示してる姿を見て、「この人かっこエエな」と思いましたね。それが、契約期限の3日前。本当に感謝しています。

また3日前とは、首の皮一枚ですね。その後の佐々木さんの成功を考えると取締役の方に見る目があったというか、それだけお客様に腕を買われていたということですね。

佐々木氏:
劇的でしたよ。それでなんとか契約して、嫁さんも200万円出してくれたので900万円用意できて、やっとオープンに至りました。1996年、34歳でしたね。

バブル崩壊が独立のきっかけになったのですね。最初のお店は、どんなお店だったんですか?

佐々木氏:
祇園にある、8坪しかない小さい店ですよ。カウンター5席と、2階が4畳半と6畳半の2部屋でした。

それで、オープン直後はお祝いでダーっとお客さんが来たんですが、3ヶ月経ったらプッツンですよ。毎日坊主、坊主、坊主…。「えらいこっちゃ」ですよ。

祇園ささ木

■予約を断って活気を演出。思い切った戦略で連日満席に。

佐々木さんにもそんな時代があったんですね。転機はなんだったのでしょうか?

佐々木氏:
ささやかなことなんですけども。2日続けて坊主になりそうなときに、午後の予約の電話が入ったんですが、「断れ!満席って言え!」と言ったんですよ。それからは、当日の1時までに予約が入らなかったら、その後の予約は断るようにしました。

なぜかと言うと、1時までの予約なら、なんとか他のお客さまに電話して来てもらうことができる。それで、カウンターを満席にできるんですよ。そしたら活気が出るんですよね。でも、午後になるとそれができない。予約のお客様だけにポツンと座られても活気がない。そうなると、何を出しても旨く感じないんですよ。

そんな感じで、それをずっとやってたら、「予約せんと入れへん店やな」となったわけです。僕としては、美味しく食べて頂くためにしたことなので、満席の演出のつもりは無かったんですが、結果的にはそうなった(笑)。お店も軌道に乗り始め、借りたお金は3年半で返しました。

そこへあるとき、隣のマッサージ屋さんに通っていた齋藤元志郎さんという東京の有名フレンチシェフが来られた。たまたま来店時に2回続けて満席で、次は電話して予約して来てくれたんですよ。そこから齋藤さんの紹介で、家庭画報の取材が来てくれました。

その取材のときに、僕は全国誌だしカッコ良く撮ってもらいたいと思って、行灯をつくって筆でメニュー書いたりしたんですが、「佐々木さんらしくない。いつも通りやって」って編集者に言われて、「腹立つなぁ」と思いながら大皿盛りをバーンと出したら、それが大当たりですよ。やはり、編集者ってプロですよね。彼の言う通りでした(笑)。

それを皮切りに、いろんな方が取材に来て、4畳半の部屋に7人とか6畳の部屋に11人も入る日もあったり、トイレを使うのにお客さんが階段に並んで「間に合わないから外でしてくるわ」となるくらい、流行りました。

それでは、やはり前の店舗が手狭になったから移転されたのですか?

佐々木氏:
いえいえ、自分はまだそんな器じゃないから、前のままでいいと思ってたんですよ。

でも満席が続くし、スタッフの女の子が着替えるときに使う鏡とかビールを屋根に置いて営業前に出し入れしてたし、器を置く場所もなかったんですよ。雨漏りもするし。それで、4軒隣を工事をしていたので、そこを倉庫として貸してもらえないかなぁと思ってきいたら、そこが自分の店と家主が一緒だったんですよ。

家主に話したら、ありがたいことに家賃を高くする代わりに、改装費は出すから、好きなようにしていいと言ってくれた。結局、すぐ近所のそちらで店をすることにしたんです。

そこはカウンターが10席で、2階も四畳半と12人がゆっくり入れる部屋が2つと、だいぶ広くなりましたね。

お店が大きくなったことで、料理人の数も増えたのではないですか?

佐々木氏:
そうですね。料理人は一気に6人に増えました。

店を大きくすると聞いて、吉兆から小川(小川洋輔氏。現在は「おが和」店主)が「前の店を辞めました!使ってください」って駆けつけてきた。そのうち祇園から西川(西川正芳氏。現在は「祇園 にし川」店主)も来て、「こいつらの人件費、どないしよ」ということで、それまでやっていなかった、ランチを始めることにしました。

そこにちょうど家庭画報が「どこかいい店ない?」って来たので、「うちや!ランチするから紹介してくれ」ということで、取材してもらいました。

その後も、「dancyu」の取材で来た料理評論家の門上さんとカメラマンのハリー中西さんともすごく仲良くなって、「これ載れへんか」「あれ出えへんか」と推してもらいました。

ランチをするだけだと面白くないので、新しい取り組みとして、ケーキバイキングをしたんですよ。懐石料理だと水菓子なんですけども、そこを変えた。それが大ヒットした。相乗効果で、夜も昼も満席になって、2人の人件費も出せるようになったんです。

京料理の店でケーキバイキングですか!?ケーキはどなたが作ったんですか?

佐々木氏:
ケーキは、みんなで試行錯誤して作ってますよ。大きなお盆にケーキを6つ載せて、「好きなもん食べてください」「全部でもいいですよ」とやってます。

大人気のランチも、小川さんと西川さんが来なければ、なかったかもしれないんですね。

佐々木氏:
そうですねえ、祇園なんて元々、昼は人が歩いてないですもん。実は、昼間は祇園ってきったない町なんですよ。宴の後というか。昼に花見小路からうちの店まで掃除したら、白菜の箱2つがごみでいっぱいになります。

だから、毎日掃除からスタートです。そこからです。そうやって生き延びてきたんですよ。

祇園ささ木 外観

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