絶え間のない探求心と 独創的なスタイルで世界に挑む、 異端の寿司職人。

寿し芳
中ノ上 公起

■江戸前寿司の職人に強く憧れた中学時代

中ノ上氏は独学で寿司を学ばれたことでも有名ですが、志すきっかけはどのようなものでしたか

中ノ上氏:
僕は6歳の時に家族で鹿児島から大阪に来たのですが、父は大阪市内で庶民的な寿司屋を営んでいました。父に憧れた訳ではないのですが、父が寿司屋をしていたこともベースにあったのか、中学生の頃に東京神田にある江戸前寿司の師岡氏が書いた「神田鶴八寿司ばなし」という本を読み、江戸前の世界に強く憧れるようになりました。

東京への憧れも重なって、その頃から「江戸前寿司の職人になりたい」と考えるようになったのです。
ですから将来は東京で修行したいという気持ちはあったのですが、諸事情も有り高校卒業後は滋賀県にある料理旅館で修行することになりました。

修行生活はいかがでしたか

中ノ上氏:
それが修業に入って半年くらい経った時、父が店を残して突然亡くなってしまい、修業を続けることができなくなってしまいました。そして父の店を手伝っていた母に頼られるまま、父の寿司屋を継ぐことになったのです。
ですから寿司職人として誰かの元で修行したことは一度もありません。

いきなり自分が継ぐという無茶苦茶な話でしたが…家族の生活がかかっていましたし選択肢はないという感じでした。そうして寿司の技術は店をやりながら学んだというか…独学で今まできました。

あまりにも突然ですね。18歳の頃にやむなく継がれたというのが始まりだったのですね。

中ノ上氏:
父の店は20歳の頃に立ち退きになりましたので、その後、今ある場所に店を移して、場所はその頃から今もずっと変わりません。ただ店の中身は当時と今とでは何もかも違います。

店が立ち退きになった時「江戸前寿司で修行したい」と母に相談したこともあったのですが、母にはその気持ちが伝わらなくて…。父を亡くしてからは完全に僕を頼りにしてしまっていたので、どこかで修行するということができませんでした。

そこで最初は父がやっていたスタイルを続けていましたが、ずっと江戸前に憧れていましたので、店をこちらに移してからは「もっと自分らしい表現がしたい」という気持ちが膨らみ、母とぶつかることも多くなっていきました。

■憧れの江戸前寿司を独学で

お父様のスタイルからご自分のスタイルに変わったきっかけはありましたか

中ノ上氏:
変わるきっかけとなるターニングポイントは2つありましたが、その1つ目が母との関係です。母はずっと父と二人三脚で寿司屋をやっていましたから、僕に父のやり方を受け継いで欲しいという思いがあったのですが、僕は僕のやり方でやってみたくてしょうがない。

そのために衝突がすごかったのですが、母が田舎に帰ることになり、僕がやりたいようにできる環境になった。そして27歳の時に「江戸前寿司」をやると決めて、店の方向を大きく変えることができたのです。

江戸前寿司はどのように学ばれたのでしょうか

中ノ上氏:
江戸前で修行したわけでないので、やり方も全然分からないですし、最初は学ぶといっても書物がメイン。そこから僕のイメージを膨らませていくだけでした。また東京へ食べ歩きに行き、18切符や夜行バスに乗り、憧れの寿司屋を何軒も食べ歩いて帰ってまねをして…。

食べ歩きしていると店の職人さんに寿司屋だとバレてしまうこともあるのですが、「寿司屋で修行をしてない」って言うと「そんなんでよくやってるね」なんてバカにする人もいました。
寿司職人はどこどこで何年修業したというのがステータスや寿司職人としての格になるという世界でもありますから。当時独学と言うことが僕自身も本当に恥ずかしく、言いたくなかった。自分の中でそれがコンプレックスだったんです。

でも「独学だとこんなことが大変なんじゃない」って優しく接してくれたり、理解してくれる親方もいて、その方々はとても印象に残っています。
独学の寿司屋なんていませんでしたから…。こうして様々な研究を重ね、自分だけの江戸前スタイルを確立したいと必死で試行錯誤を重ねました。

寿し芳

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