人より一つ先に進めるかどうかで 見える景色が変わってくる

焼鳥 市松
竹田 英人
焼鳥 市松 竹田英人

焼鳥 市松 竹田英人

■大学時代のバイトで焼鳥の魅力にハマる

まずは料理の道に入るきっかけから教えてください。

竹田氏:
僕は大阪の八尾市という郊外の住宅地で育ちました。小中高校生時代は料理の世界と全く縁がなく、飲食業に進もうという気持ちは一切なかったです。この世界に入るきっかけになったのは、大学生の時に焼鳥屋でバイトし始めたこと。それまでは「何かやりたい」というような気持ちは何も無かったのですが、焼鳥の仕事にハマってしまって。大学を卒業する頃には「将来は独立して焼鳥屋をやる!」と決めていました。焼鳥屋という仕事がすごく面白かったし、箸を使わない独特のスタイルも気に入っていました。これは将来もっと流行るだろうし、自分でもやっていけるんじゃないか?と思ったのです。

大学卒業後はどうされたのですか?

竹田氏:
周りの友達は就職活動をしていましたが、僕は焼鳥屋をやると決めていましたから、大学卒業後に修業へ行くことにしました。当時は、関西に個人の焼鳥屋が少なかったんですね、チェーン店ではなく個人でされているところで一からこだわりのある焼き鳥を習ってみたいと考えたので。知り合いに教えてもらった九州の店で修業することに決めました。

修業はいかがでしたか?

竹田氏:
佐賀県の唐津にある店だったのですが、唐津には焼鳥屋がすごく沢山あって、町の人も焼鳥が大好きで毎日通ってくるというような…そんな雰囲気の町でした。先日も唐津へ行きましたが、相変わらずすごく賑わっていましたよ。

そんな町の焼鳥屋で基礎をみっちり1年間教わったのですが、修業はしんどかったですね。しんどすぎて早く大阪に帰りたかった(笑)ですからなるべく早く卒業できるように、めちゃくちゃ頑張りました。自分で修業期間を1年と決めていましたし、店の大将にも「1年で卒業します」と伝えてありましたので、それまでに仕事は全部覚えたいという一心でした。その後、修業を終えて地元の八尾市で「焼鳥かちがらす」をオープンしたのが23歳の時。帰ってきて、すぐって感じですね。

焼鳥 市松 竹田英人

最初にオープンした店はどのようなスタイルでしたか?

竹田氏:
最初の店は席数が50名くらいの規模の、カジュアルな雰囲気の店でした。当時は個人の焼鳥屋が少なかったので、絶対成功するという確信がありました。オープン当初は修業していた店に近い感じのメニューでしたが、次第に自分のアイデアも足しながら展開していきました。店はすぐに安定しましたので、その後10年くらいは店を続けていました。僕もほとんど休みなく働いて、休みの日は他店に食べに行って…とにかく忙しかったですね。

その後、市内に店を展開されることになった経緯を教えてください。

竹田氏:
八尾の店は経営的には問題なかったのですが、都会に出て自分が目指す新しい焼鳥屋のスタイルに挑戦してみたいという気持ちがありました。そこで13年前、大阪市内の四ツ橋に新しい店をオープンすることにしました。

店の内装もシックな雰囲気にチェンジし、価格も高くして、以前のカジュアルテイストとは違う店にしたのです。価格変更することで良い食材が使えますから、料理を加減しなくて良くなり本当に楽しくなりました。八尾だと一人2~3000円あたりのイメージでメニューを考えていましたので、良い素材を使いたくても「高いから無理やな」と諦めることが多かったので。ただ最初はお客さんが誰も来なくて、本当にびっくりしましたね、僕は新地にきたらすぐにお客さんが来るもんやと勝手に思い込んでいたので(笑)

それでも美味しいものを出している自信はあったので、やり続けました。お客さんが安定するのに1年半もかかってしまいましたので、その間はずっと赤字です。「これはそろそろやばいで…」と思いながらの日々でしたが、少しずつメディアに取り上げてもらえるようになり、お客さんに来てもらえるようになりました。

7年後に四ツ橋から今の場所(北新地)へ店を移した理由はトイレです。四ツ橋の店はトイレが店の外にあり共同だったので…自分のトイレが欲しくて引っ越しました(笑)

焼鳥 市松 外観

焼鳥 市松

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