「料理をもっと知りたい」の一心で、たどり着いた「今」

Ta Vie(旅)
佐藤 秀明

Ta Vie(旅)佐藤秀明

■時間がない中でどう完成度を上げるか。苦肉の策が、英語でのコミュニケーション力を磨く結果に

佐藤氏:
この経験は英語の習得にも役に立ちました。

とにかく時間がありませんから「龍吟」にきていた外国人研修生に手伝ってもらおうと思いつきました。「龍吟」には当時から世界中から研修生が来ていましたが、特にポジションが決まっている訳ではなく手が空いている状態でした。

また日本人はどうしてもシャイで、積極的に声をかけたりしない。だから自分から積極的に声をかけて仲良くなって仕込みやレシピ開発を手伝ってもらったのです。その経験から英語を覚えたり英語でコミュニケーションを取る事に抵抗がなくなったように思います。

そんな風に働いて3年、そろそろ自分の店を出して独立したいと思うようになりました。山育ちでもありますから、海への憧れがある。だから鎌倉辺りで、仕事と生活のバランスをとりながら店をやろうかと漠然と考えていました。

そんな時に、香港に「龍吟」をオープンするので料理長として行ってくれないかという話をいただきます。

香港は海のそばで、都会的な異国情緒もある。海外で働いてみたいという思いもあったのでありがたく受ける事にしました。

当時、厨房で働いている自分たちの中では支店なんてありえないという気持ちがありました。山本シェフからは、毎日とても細かい指示があったので、山本シェフのいない厨房というのがイメージできなかったのです。

自分はずっとフランス料理畑で日本料理を学んだのは「龍吟」の3年間だけ、「(利き手でない)左手で箸を使っているような」感覚はありましたが、副料理長に専門学校を卒業してからずっと「龍吟」で働いている(現在、天空龍吟料理長の)関秀道が入ってくれて彼にある程度任せられると思いました。

■海外への挑戦、龍吟初の海外支店、香港「天空龍吟」の料理長に

実際に何かトラブルのようなものはありましたか?

佐藤氏:
色々な壁、トラブルにはぶつかりましたけれど、まずはメニュー作りですね。最初2ヶ月は山本シェフからメニューが来ましたが、それ以降はメニューが届かない。副料理長の関も遠慮があるのか新しいメニューの提案などはない。

もうこれは自分の味覚を信じてやってみるしかないとオープン3ヶ月目から手探りで料理を作り始めました。日本料理に頭をスイッチして自分が美味しいと思うものを作ろうと思ったのです。

スタート当初のテーマは「完全に日本のものを使って、東京の龍吟と時差のない料理を提供する」でした。

日本の食材という意味では、香港では問題はありませんでした。いつまでも上の人の顔を見ていたら成長しない「龍吟」の支店ではあるが自分の店だと思って思い切ってやろうと決心しました。

山本シェフ自身、日本の食材だけ、日本料理の技法だけに固執する方ではなく、唯一言われたのは「その食材に対して正しいアプローチかどうか」でした。補助輪を外して自分ならではの表現を真剣に考えるようになりました。

まず海外で日本料理を提供することの意味。

日本料理は季節感が大切と言われるけれども、海外には気候からしても日本のような季節感はないし、そこで季節感を伝える事に、どんな意味があるか。

日本料理を食べて育ってない人に、日本料理をどう理解してもらうか。香港で日本料理を食べる意味はどこにあるのだろうと。

こういった事は今でもよく考えます。「自分自身の立ち位置」を確認するためにも、大切な事だと思うのです。

Ta Vie(旅)佐藤秀明

■悩み続けた「海外で日本料理を作る意味」

佐藤氏:
そんな答えのない問いに、ある時世界を食べ歩く常連のお客様から頂いた言葉があります。

「食材の味は世界中の誰もが一番共有しやすいもの、美味しい食材の味は美味しいのよ」

その言葉を聞いて、よりシンプルに自分の信じる食材の味を出していこうと思いました。

日本人と違って、香港人は何時間も残業をしたりしないので、シンプルにしなくてはいけないという事情もあります。ただシンプルにするのではなく、その中でどうやってオリジナリティを出していくか、また安定したクオリティーを保つかが大切です。

例えば「すき焼き」。普通の日本料理店では割り下に肉を入れてそのまま出しますよね。そうすると割り下が煮詰まってしまうし色も濁る。

それなら牛肉だけ先に火を入れてから取り出し、その後に割り下を注ぐようにすれば良いと気づきました。

さらに、牛肉と卵の温度をどうするかと考えると、肉は低温で優しく火を入れたほうがいいし、卵は温泉卵がいい。そうするとどちらも60度程度の温度帯になる。となると温度感を出すのは割り下しかない。そんな風にロジカルに考えて、日本料理だけをやっていたら思いつかないような方法で完成度を上げていこうと思いました。

合理的に落とし込んだやり方を数値化し、いつも同じ結果を導く反復性を持たせるためにはどうしたらいいかを考え形にしていきました。

そうしてオープンして2年が経った頃、もともと独立を希望していた事もあり「龍吟」という枠を取り外した自分のオリジナルの表現をしたいと、山本シェフに「来年いっぱいでやめさせてください」と伝えました。店を預かっていたので、1年前には山本シェフに報告したほうが良いと考えてのことです。

山本シェフも、私が元々独立したいと言っていたのも知っていましたし、快く応援して頂けました。

Ta Vie(旅)内観

■自らの店、「Ta Vie (旅)」をオープン

佐藤氏:
香港で海外の仕事も経験し、国際的な街でやりたいという気持ちがあり、香港、シンガポール、タイで出店を考えました。

3年間料理長としてやってきて、お客さんもついていること、事情をよく知っている地域であること、パートナーが見つかったこと、そして何よりも日本を含めた世界中の食材が手に入りやすいこと(これが一番大きかったかもしれません)。こういった理由で、出店先は香港に決定しました。

店名はフランス語の「あなたの人生」という意味と、日本語の「旅」を掛けて「Ta Vie (旅)」とつけました。私のフランス料理と日本料理のバックグラウンドを象徴しています。

物件は色々探したのですが、パートナーがステーキハウスをやっていたので、そこを改装して使う事になりました。2015年3月末に「龍吟」を退職し、同年5月13日のオープンですから、かなりスムーズに進められたと思います

しかし、苦労したのは集客でした。香港は日本で思われているよりも高級店が繁盛する土地柄ではないのです。また自分の見ていた理想の料理像が、香港には早過ぎたのかも知れません。

香港でいわゆる東京にあるようなジャパニーズフレンチをやるのでなく、もっとローカルの食材も使って自分にしかできないレストランをやりたいと思っていたのですが、香港のマーケットはそれを歓迎する状態になかった。

しかしこれまで以上の成功を手にするためには、日本の食材100%では未来がない、と感じていたので、「ここにしかない食材を使おう」とあえて挑戦したのです。集客は苦戦しましたが、幸いな事にその年のミシュラン一つ星、翌年には二つ星、アジアのベストレストラン50にランクインすることができ、状況は徐々に好転しました。

香港は高級店には厳しいマーケットだとは思います。金銭感覚がシビアなのに加えて、香港の人たちは長いコース料理が好きではない。せいぜい5品くらいまでと香港人のパートナーには言われます。アドバイスを受けて少しだけ皿数を減らしましたが、大きくは変えていません。

パートナーにはどうせなら思い切って価格を上げたほうが良いと言われています。香港内のレストランは、全般に価格が上がって来ているので良いのですが、海外から来たお客さんからみるとどうしても割高に感じてしまうでしょう。そんな状況で値段を上げていくのはどうなのか。そんな風に自分の立ち位置は四方を見ながらたえず考え続けています。

■「空いているポジションはないか」自分の店が、どんなポジションを取れば良いかを考え続ける

佐藤氏:
サッカーに例えるなら、「どこにいたらボールが来るか」。つまり空いているスペース、自分の立ち位置をずっと考えています。

料理人としてのポジショニングも含めてです。「龍吟」で日本料理を学んだのも、そのために違う立場で自分を眺め直すという意味もありました。

今は、「Ta Vie」がどういうスタンスで、どう世間とフィットしていくかを考えています。

市場に毎日通うために、市場のそばに住んで、香港の食文化と出会い、3年続けてきたことで料理のスペシャリテも、店のスタイルもできてきました。3年経って、はじめにやりたかったアジアの食材や食文化の探究にようやく取り掛かれると最近感じています。

そんな中でも、大変なことはなんでしょうか?

佐藤氏:
チームづくりですね。僕に今足りないのはチームです。

以前は香港人が中心のチームで、1年半いてくれたスタッフもいたのですが、今は入れ替わって、長くて6ヶ月というメンバー。フランス、韓国など、国籍も様々です。

そんな中、機内食作りでレシピの共有化やオペレーション管理が身についたことが、本当に良かったと感じています。人が変わっても料理の骨格がブレないようにできていると思います。

チームのメンバーを選ぶ上で、大切にしていることはなんでしょうか?

佐藤氏:
何よりも嘘をつかない、ずるくない人というのは大切です。人がいないと手を抜いたりミスしたら隠す人はよくないと思います。

怒られるのは当然として、ミスしたと言える人、人がいなくても習ったことを真面目にやる人がいいですね。

将来海外で成功したいと思っている人に、何かアドバイスはありますか?

佐藤氏:
平凡ですが、言葉のコミュニケーション、折れない心、忍耐力です。

この業界は、情熱(パッション)がある人は結構いるのですが、忍耐力(ペイシャント)がある人が意外に少ないのです。でも情熱より忍耐力のほうが大切です。

特に海外では我慢しなくてはならない事も多い。忍耐力を持って、様々な状況に柔軟に対応できる人が海外で生き残っていくのではないでしょうか。

(インタビュー・文・撮影:仲山 今日子)

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