「料理をもっと知りたい」の一心で、たどり着いた「今」

Ta Vie(旅)
佐藤 秀明

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■素材が形を変えていく面白さに惹かれて、料理の道へ

いつ頃から料理の道に進んだのでしょうか?

佐藤氏:
大学受験をしたのですが、うまくいかず、浪人時代に軽井沢の洋食店でアルバイトをしたことがきっかけです。

オムライスなどを出している普通の洋食屋だったのですが、シェフがフランス料理をやっていて、フランス人シェフと働いたことのある人だったのです。

当時長野でケーキといえば、生クリームを使ったものが主流でしたが、そんな時代に、本物のフランス郷土菓子のようなタルトを作って出したりしていて。そのシェフが「フランス料理は素晴らしい」と言っているのを聞いて、まるで海の向こうにある島のように、ぼんやりとフランスが見えている、そんな状態でした。

料理は、粉と水を混ぜて発酵させて焼くとパンになる、というように、一つのものが、形と味を変えていく、ということが面白くて、春から12月くらいまで、2シーズン働いて料理の世界に入ろうと決めたのです。

高校を卒業して料理学校に入って、というようなキャリアとは全然違いますよね。手作業から始まったスタートだったのです。

まずは東京に行こうと思って、東京のワインバーで働き始めたんですが、職場自体の環境があまり良くなく10ヶ月くらいで辞めてしまいました。

そのあと実家に帰って長野市内のイタリアンで働いたりしていたのですが、縁があって25歳でフランス料理の料理長の仕事をいただいたのです。

かなり若くして、チャンスをつかんだわけですね。

佐藤氏:
そうですね、20代半ばで自分の料理を出す経験というのはキャリアの中で大きな意味があったと思います。

最近、シンガポールの若手シェフが1年間の期間限定で行なっているポップアップレストラン「田マジック・スクエア」で、メンターをしているのですが、彼らが今やっていることと当時自分がやっていた事はとても似ている気がします。

若くして料理長をやる、自分の料理を出すと言うのは、メリットばかりではない。同世代が行なっているような、学ぶチャンスが失われるというデメリットもあります。だからこそ、自分で食材に触って自分で考えなくてはならない。

誰かから教われば、その人の成功や失敗、試行錯誤の過程についても学べますから、その先からスタートできますが、若くして料理長になるというのは、全てイチから自分でぶつかって、考える必要がある。教わるより遠回りなのは確かです。

今振り返って、その期間は遠回りだったけれど、結果的にその後の働き方に大きな影響を及ぼしたと思います。そのお店は2年くらいでやめて、地元のフランス帰りの料理長のところで働くことにしました。

そのシェフは、1990年代にフランスの様々な星付きレストランで修業した経験をもっていました。1990年代の素晴らしい時代に、「マーク・ヴェラ(Marc Veyrat)」のシェフ、オリヴィエ・ローランジェ(Olivier Roellinger)シェフなどの有名シェフの下で修業してきた、当時の長野では珍しい華々しいキャリアの持ち主です。

そのレストランは、客席は20席以上あったのですが、働いているのは、シェフと私の二人だけ。

仕込み中はキッチンに入って、開店したらサービスに入って、というような流れでした。これまで、自己流で料理を作ってきましたので、星付きレストランで働いた経験を持つシェフと働くのは初めてでした。だから、自己流で色々やった後に、一度そうやって誰かから習う、というのはとてもいい機会だったと思います。

このシェフは天才的な味覚を持っていて、料理の味が素晴らしいのです。定番の食材を使っても味のバランスが素晴らしい。レシピではなく、自分の舌で作っている、そんなシェフでした。

ただ、ちょっと変わったシェフで、ケーキを焼くのにオーブンペーパーではなく新聞広告を使ったり、オーブンの余熱をしなかったり。とにかく変わっていました。

うまくやっていくのは大変な部分がありましたが、忍耐力がつきましたし、料理自体はすごかったので尊敬していました。26歳から28歳の頃です。この時期に、ワインの勉強をしてソムリエの資格をとったりもしました。

Ta Vie(旅)佐藤秀明

■長野の名店、「エルミタージュ・ドゥ・タムラ」へ

また、ここでの出会いが未来へとつながっていくのですね。

佐藤氏:
はい、シェフが、「エルミタージュ・ドゥ・タムラ」の田村シェフの元同僚だったのです。そんな縁で、田村シェフが店にいらして、僕のサービスを気に入ってくださって。ちょうど、当時働いていた店が閉店する、と言うタイミングで田村シェフから誘っていただきました。

作家の水上勉の別荘を改装してできたレストランで、書斎を個室にして庭もあって、今思い出しても本当に綺麗なレストランです。

最初はサービスとしての採用でした。でも、入って2ヶ月くらいでキッチンには入れていただいて、サービスとキッチンを行ったり来たりするような状況になりました。

これまでずっと小さなレストランで働いてきましたから、厨房7人、サービス5人というのはとても大きく感じました。きちんとセクションもありましたし。こんな大きな厨房で働くのは初めてで、厨房に入って一番最初に感じたのは「人が多くて名前を覚えるのが大変だな」という事でした(笑)。

初めてのファインダイニングで、同世代の同僚のサービスに対する姿勢もまるで違って刺激を受けました。

そうこうしているうちに、数ヶ月後「無彩庵」と言うカジュアルラインの姉妹店ができて、そちらの厨房で働き始めました。

カレー、サンドイッチなどの軽食も出す店で厨房は3人くらい。厨房とサービス、料理を担当し翌年には本店も含めてワインの管理も任せてもらったりで、とても楽しく充実していました。常に走りまわっていた記憶しかありません。人生で一番働いた時期かもしれません。

■「もっと知りたい、学びたい」思いに導かれ、ドアを叩いて回った修業時代

佐藤氏:
軽井沢という場所柄、冬は2ヶ月ほど店が休みになります。その期間にパン屋に研修に行ったり、フランスに食べ歩きに行ったり、「龍吟」に初めて研修に行ったのもこの時期です。

「無彩庵」ではパンを作っていたので、当時まだ珍しかった天然酵母のパンを学びに、上田の「ルヴァン」の甲田幹雄さんのところに行かせてもらったり、クラッシックなフランス菓子で知られる、「オーボンヴュータン」で修業した樋田昌朗シェフがやっている、小布施の「パティスリー・ロント」でデザートを学んだりしました。

朝早くに行ったり、週末だけ研修に行ったりもしました。手紙を送ったり、直接行ってお願いしたりして、ひたすらドアを叩いて回った、という感じです。とにかく、いろいろなことを勉強したかったんです。楽しかったですし。そうすると、周りの同僚も影響を受けて色々研修に行くようになって。職場でも研修ブームみたいになりましたね。

子どもの頃からそうなんですが、夢中になっちゃうと、痛みも空腹も感じなくなってくる。アドレナリンが出続ける、長い時間そういう状態だったのだと思います。振り返るとよく働いたなと思います。なんでも学んでやろうという気持ちがありました。

だから、「あの有名なシェフに憧れてシャトーに入る」というような、多くのシェフが辿ってきたキャリアとは少し違うかもしれません。今目の前にあるこの仕事が楽しくて、もっと先を見たい、もう少し上を見たい、と思っていたら、気づいたらここに立っていた、そんな感じです。

逆に、最初から志が高かったら途中で折れてしまっていたかもしれません。ただ、純粋にフランス料理が好きで、ものが形を変えていくと言うのが面白かった。肉に香味野菜とワインを入れて煮込むと、どの味とも違う味が生まれてくる。そんな過程が好きですし、今もそうなのですができなかったことができるようになるのが一番嬉しい。昔も今も、できないことだらけですしね。

その当時も、自分に「これが足りない、あれが足りない」と思っていました。誰かと比べてというよりも、知らないことが多い、という漠然とした感覚です。

なんとなく将来的な独立も思い描いていましたから、料理で成功していくためには学ばないといけない、様々なことを知らないといけないと思っていました。もちろん同世代の人たちが一緒に働いていましたから、ある意味ライバルでもありますし、刺激を受けた部分もあります。

この後「エルミタージュ・ドゥ・タムラ」の本店の厨房に入り、メルシャンのウイスキー蒸留所に姉妹店を出す話があり、30歳でそちらに行き、32歳まで働きました。

冬休みの間には、パリのレストランで研修したり、フランスだけでなく、当時ブームだったスペインにも行きました。ビルバオの「ネルア(Nerua)」のホセアン・アリハ(Josean Alija)シェフの繊細な料理は特に印象に残っています。

彼は僕より年下なんですが、料理の狙いが細かくて、また、常識にとらわれない料理作りが印象的でした。例えば、豆だったら普通のシェフは豆の甘みを引き出そうとします。ところが彼は、青臭さを前面に出す。「どうしてここを見せる勇気があるんだろう」と驚くようなことをやる。ある意味マニア受けする料理です。

ホセアンシェフとは、香港で独立してからも、コラボレーションを行なっています。

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