■ 料理人になるつもりは決して無かった。気がついたらここに立っている
はじめまして。初めて食材を触り始めたのは、19歳のころピザ職人になった時だとお聞きしました。
ギィ・マルタン氏:
はい。ただ、私は山岳地帯であるサヴォワ(Savoie)地方出身なので、そもそも最初は山のガイドやあるいはポップミュージックやギターなどに関心がありました。
そういった活動をする傍ら、生活費を稼ぐためにピッザイオーロ(ピザ焼き職人)の仕事をしていました。
生活費を稼ぐためですか?
ギィ・マルタン氏:
はい、とくにピザを焼いたり、あるいは料理をすることにそれほど強い興味はなかったので、単純にお金を稼ぐためです。ピザ職人として修業をしていたとかではありません。
その後どのような経緯で料理人になられたのですか?
ギィ・マルタン氏:
元々料理人になるつもりはまったくありませんでした。フランスでは高等教育機関に進学をするためにバカロレア(※)を取得しなければならなかったので、その準備期間では常に3,4冊の本を同時に読んでいました。そこで、アリ・バブ(Ali-Bab)という料理のレシピ書に出会い、のめり込んでしまいました。
料理人になるのもいいなと急に思って、レシピに載っている5000ものレシピを次々に試していきました。頻繁にレストランに行ったり、料理上手な母親のいる家庭で育ったため、料理の世界には抵抗なく自然に馴染めました。
※バカロレア
大学に入学するために必要な中等教育の修了を認証するフランスの試験制度
バカロレアまで取得されたのですね!料理の世界に入るために本を読んで勉強をすることも必要だったと思いますか?
ギィ・マルタン氏:
いや、私の場合そもそも料理人になるつもりなどなかったので、完全にただの偶然です(笑)たくさん勉強した経験は今でも活きていますが、料理人になる過程は人それぞれだと思います。8-10歳のころから家で料理の手伝いをして、その後料理人になるような方々もたくさんいらっしゃいますね。
■ 「グラン・シェフ(偉大なる料理人)」という職業
今は、世界中の人々があなたのことをグラン・シェフ(偉大なる料理人)と言います。
ギィ・マルタン氏:
……。
200年以上続く歴史的レストランを受け継ぎ、三つ星の栄冠を手に入れた経験も、フランス料理の世界最優秀シェフ7人に選ばれたこともあります。少なくとも私はあなたがグラン・シェフだと思っています。
ギィ・マルタン氏:
ありがとうございます。
あなた自身は、ご自身のことをグラン・シェフであると思われますか?
ギィ・マルタン氏:
それは考えたこともありませんね…。たしかに、そういったことに関連するコミュニティに出席をしたり、人々にそう評価されることはありますが、でも、その質問に対して私が何かを答えることができません。なぜなら、もしその質問を自分自身に投げかけるとしたら、いつまで経ってもその答えはでないからです。自分がグラン・シェフなのかどうか、それは私にとって永遠の疑問となるでしょう。
なるほど…。では、もう一度生まれ変わるとしたら、また料理人になりたいですか?
ギィ・マルタン氏:
そうですね…、答えにくい質問ではあります。私は料理人以外の職業をまともに経験したことがないので、別の仕事をしていたらどういう世界が見えるのかがわかりません。
でも、ひとつだけ確かなのは、今のこの料理人という職業が私にすべてをくれたことです。この仕事を通してヨーロッパを始めとして世界中の国に行くことができたし、多くの大切な友人や仲間ができました。
それに、料理人は希少な職業だと信じています。というのも、何かを「変換」する職業というのは他にはあまり例が無いからです。
と、いいますと?
ギィ・マルタン氏:
料理人は食材という物質を「料理」に変換します。見た目も味も香りも全て変わっているので、もとの食材とはまったく違うものです。考えてもみて下さい、こういう職業は他にはあまりないと思いませんか?私はこの職業に誇りをもっています。
多分、あなたは生まれ変わったらまた料理人になると思います(笑)
ギィ・マルタン氏:
多分ね(笑)
そのときは、またこの「Le Grand Véfour(ル・グラン・ヴェフール)」で料理をしたいですか?
ギィ・マルタン氏:
「Le Grand Véfour(ル・グラン・ヴェフール)」は私にとって「夢のレストラン」です。
このレストランには画家のフラゴナール、ソプラノ歌手のマリア・カラス、皇帝のナポレオン、芸術家のジャン・コクトー、作家のコレット、哲学者のサルトルなど、歴史に名を刻んだ数多くの著名人が訪れました。
とてつもないことだと思います。
本当に彼らが、このレストランに来てこのレストランで食事をしたんです。200年以上も前に、ナポレオンとその妻であるジョゼフィーヌが食事をしたのです。
そういった歴史的な偉人が座った席には彼らの名前が記されており、そこに座って食事をすることができます。世界中のどこを探してもこのようなレストランは、他にはなかなか見つからないでしょう。
そんなレストランで料理を提供できることは、夢のようであり、光栄極まりないのです。