カウンター割烹と日本の食材に魅せられて。和を愛し、独創的な和仏マリアージュを繰り出すフランス人シェフ

メゾン・ド・ミナミ フレンチ割烹 ドミニク・コルビ
Dominique Corby(ドミニク・コルビ)

Dominique Corby メゾン・ド・ミナミ フレンチ割烹 ドミニク・コルビ

■最高の舞台「トゥールダルジャン東京」で腕を振るいながら、日本の食文化に魅了されていく

パリの「トゥールダルジャン」では副料理長まで務められたそうですが、東京店では料理長として最初からスムーズに仕事をすることができましたか?

「トゥールダルジャン東京」は当時の日本では最上クラスのレストランでした。座席も100席規模。私にとって最高の舞台でした。エグゼクティブ・シェフ(料理長)としてスタッフ25人を率いることになりましたが、28歳の自分のすぐ下についた二番手の方は45歳でしたね。

スタッフ全員が日本人。厨房のコミュニケーションは日本語のみ。英語もフランス語もなし。来日当初、私は日本語がまったく話せませんでしたが、料理に関連した言葉は問題なく通じましたし、ジェスチャーのやりとりでも十分に分かり合えました。やりとりにはさほど困らなかったですね。

食材や人材など、フランスと日本で異なると感じたことは何かありましたか?

日本とフランスで食材はまったく違いますね。でも当時、厨房で一緒に働いていた人材については大いに満足していました。意欲のある勤勉な人が多くて、環境が良かったですね。もっと勉強したい、成長したいと強い気持ちを持っている人たちは、時間も関係なく仕事に熱心に取り組むし、話もちゃんと聞く。尊敬できる人たちが多くて、最高の環境でした。当時の私の弟子は、現在ニューオータニの総料理長になっています。

日本に来てから、レストランの食べ歩きはされましたか?

大いに食べ歩きはしましたよ。 フレンチシェフ同士のつながりもあり、フランス料理では「ロオジエ」(※3)によく行っていました。「ロブション」(※4)が東京にできるのはもっと後になってからでした。

和食もたくさん食べに行きました。食べ方や食材にカルチャーショックを受けたというよりも、大変勉強になりました。山葵、味噌、醤油といった日本人が当たり前に思っている食材にこそ、価値を見出してありがたいと思った方がいいと思いますね。外国人シェフは日本のすばらしい食材を学びにわざわざ来日してきますよ。日本人は、自国のすばらしい食材や豊かな文化の価値にそこまで気づいていないんじゃないかな。

※3:ロオジエ(L’OSIER)
1973年に東京・銀座にオープンしたフランス料理店。日本で最高峰に位置するグランメゾンのひとつ。現在、ミシュランガイド東京では二つ星を獲得している。

※4:タイユバン・ロブション(Taillevent Robuchon)
1994年に東京・恵比寿ガーデンプレイスにオープンしたルイ王朝様式の豪華なシャトーレストラン。多くの美食家の憧れの的となったが、2004年7月に閉店。現在はタイユバンの建物を継承して「ジョエル・ロブション(Joël Robuchon)」がレストランをオープンさせている。

日本の食材や調理法への興味を徐々に深められて。「トゥールダルジャン東京」で出す料理に日本の食材を取り入れたりはしましたか?

「トゥールダルジャン東京」は伝統的なフランス料理で勝負するお店でしたし、何よりそれがお客様から期待されていました。里芋や蓮根など日本の食材に興味はあっても、お店ではクラシカルなフランス料理だけを作っていました。

和を取り入れたメニュー作りは、しばらく後になってから始めました。8年間の在籍期間中に、少しずつメニューに日本の食材を取り入れていった感じでしょうか。でも店を辞める時の理由の一つには「もっと自由に日本の食材を使いたくなったから」という思いがありました。

メゾン・ド・ミナミ フレンチ割烹 ドミニク・コルビ

■日本にいるフランス人の中で、日本の食材のことを一番良く知っているという自負

1994年から8年間在籍したホテルニューオータニ東京の「トゥールダルジャン東京」を辞めた後、大阪に移られますね。

2002年からは「ホテルニューオータニ大阪」に移籍しました。ホテル内のレストラン「サクラ」で総料理長を務めつつ、同ホテルのフランス料理総料理長としての活動もありました。東京には8年暮らしましたが、結局大阪でも8年過ごすことになりました。

大阪での生活で得た一番の収穫はなんでしょう?

日本の食材について大いに学ぶことができました。日本料理、フレンチなど、さまざまなジャンルの日本人シェフたちと、食のイベントを何度も一緒にやりましたし、生産者を直接訪ねたりもしました。日本の食材について勉強していくうちに、ますます魅了されていきましたね。

なかでも、グルメ情報誌「あまから手帖」(※5)で、大阪の伝統野菜を取り上げる連載が面白かったですね。それは上野修三さん(※6)とコラボレーションした連載コラムで、結局2年間続きました。上野さんが紹介してくださる大阪の伝統野菜を使ったフランス料理のレシピを毎月ひとつ私が考案し、それを誌面で取り上げてもらうというもの。この経験からたくさんのことを学ぶことができました。

※5:「あまから手帖」
関西方面で広く知られる月刊のグルメ情報誌。出版元は株式会社クリエテ関西。https://www.amakaratecho.jp。

※6:上野修三
大阪料理研究家。「大阪料理会」発起人・会長。「なにわ伝統野菜」など大阪ゆかりの食材を守り広めた活動と、衰退していた大阪料理を復活させた功績から、厚生労働省より「現代の名工」として2013年に表彰される。

長年かけて日本の食材についての豊富な知識を得られて。これまで出会った中で、一番面白いと思う食材はなんですか?

20数年のさまざまな経験の積み重ねがあって、今では日本にいるフランス人の中で日本の食材のことを一番よく知っているのは自分だという自負があります。日本の食材について勉強すればするほど興味が尽きなくて。

でも、好きな食材をひとつになんて絞れませんよ!蓮根はフランスでは食べませんが、大好きです。そうですね、銀杏、里芋、小芋……すべて好きですね。食材に触れているとインスピレーションがどんどんわいて。わくわくが止まらないんです。

夕方からの営業に向けて下処理や準備をされながらのこのインタビュー中も、本当に楽しそうに作業されていますね!

私はこうして丁寧に食材の下処理をするのも大好きなんです。地道な作業ですが、他の人に任せず自分でやりたい。こうして食材に話しかけていることが、新メニューを考案する際にも生きてきますから。

正確に切るのも上手なんですよ。……ほら、切った素材の重さが、1gもずれないでしょう?(カットした切り身を計量器ではかりながら)

Dominique Corby メゾン・ド・ミナミ フレンチ割烹 ドミニク・コルビ

■憧れの「カウンター割烹」をフランス料理と融合させた新スタイルに挑戦

東京と大阪のホテルで計16年間活躍された後、ガストロノミー・プロデューサーとして就任された銀座のお店がミシュランガイド東京で4年連続一つ星を獲得されていますね。

大阪のニューオータニを辞めて、2003年に銀座7丁目にオープンした路面店「ル・シズィエム・サンス・ドゥ・オエノン(le 6eme sens d’ OENON)」ですね。大阪に行った当初から、東京に店をオープンしないかと誘ってもらっていました。

25席ほどのフレンチレストランでしたが、カフェ・バーが併設されていたので、1500円くらいでカジュアルにランチを食べていただくこともできました。ガラス張りの路面からは壁のように並べられたワインウォールが見えて。地下のサロンには版画家の山本容子さんのアートワークがちりばめられて。内装インテリアにもこだわった、雰囲気のいい店でしたよ。 私はガストロノミー・プロデューサーという肩書きで腕を振るいました。

ただ途中で経営者が変わったこともあって、銀座の店はそう長続きしないだろうという予感もありました。それは自分で独立して店を持ちたいという思いを強めるきっかけにもなりましたね。この店は2013年に閉店しました。

ほどなくして、2015年3月に「フレンチ割烹 ドミニク・コルビ」をオープンさせています。いつごろからこの「カウンター割烹」スタイルにしたいとイメージしていましたか?

東京から大阪に移った時に、関東と関西の文化がかなり違うことを体感しましたが、なかでも、関西で出会ったカウンター割烹のアドリブ感、ライブ感があまりに魅力的で。フランスには、カウンター割烹のスタイルで料理をいただく店はありません。バーカウンターはあっても、そこで料理は作りませんから、まったくの別物。とにかく目の前で料理人が料理をしてくれる、カウンター割烹のスタイルが新鮮でした。

自分で店をやる時には、目の前のお客様の反応をダイレクトに感じながらカウンターで料理したいと考えるようになって。フランス料理と日本のカウンター割烹を融合させるスタイルのイメージは大阪のホテル時代から固めていきましたね。実際に「フレンチ割烹」をやると決めたのは5年前くらいです。

「フレンチ割烹」という新スタイルの誕生ですね!提供するフランス料理については、どんな点をこだわりましたか?

これまで在日20余年の間に培った各地生産者とのつながりを生かして、こだわりの食材やだしなどを使った、クラシックだけどモダンなフランス料理にしたいと考えました。「バターやクリーム、小麦粉はほとんど使わない胃にもたれない優しいフランス料理」をコンセプトにして、ワイン以外に気に入った日本酒も取り揃えて、和仏のマリアージュを提案しました。

ご自身のお店をオープンさせるにあたって、一番苦労されたことは?

2015年3月、最終的には新宿荒木町に店をオープンさせましたが、なかなかいい場所が見つからなくて苦労しました。四谷のこの場所を選んだのは、住んでいる場所から近いから。来日直後の「トゥールダルジャン東京」時代から四谷近辺にずっと住んでいるのですが、やっぱり通勤時間はなるべく短い方がいいですからね。

ホテルで総料理長として第一線で活躍されていた時と、ご自身でカウンターに立って接客や調理をされている今とでは、働き方はどのように異なりますか?

全く違います。今はスタッフと会話しながら一緒にセッションのように料理していく楽しさがあります。ですが、「トゥールダルジャン東京」時代に私は厨房で一切料理をしていません。たくさんのお客様に料理を届けることができるのは、ホテルにしかない強みですが、新しいレシピを考え、取材対応をするのが総料理長の役目。一度完璧な料理を作ってスタッフに見せたら、その後は手を出さない。総料理長は、現場では一切手を動かさないのです。

私はメニューを作るのが大好き。でもコンピューターの前に座ってレシピを書き出すのは面白くない。お客様の目の前で料理する今の方が断然面白いですね。私は「自分で作りたい」という気持ちが強いのだと思います。

メゾン・ド・ミナミ フレンチ割烹 ドミニク・コルビ 内観

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