妥協を許さない繊細な技と心。京都祇園で花開いた、硬派な江戸前の職人気質。

鮨 まつもと
松本 大典

■カッコよさに憧れて決めた「鮨職人」の道。

この道に入られたきっかけはどのようなものでしたか?

松本氏:
僕が幼少を過ごした場所は、神奈川県の平塚という海のそば。遊びも釣りくらいしかなくて、釣った魚を捌いて食べたりしていました。そして僕の親父は「地魚居酒屋」のような店を、親戚の叔父は鮨屋を営んでいましたので、小さい頃から飲食業はとても身近でした。

高校は勉強が好きでなかったこともあり、すぐに辞めてしまって。当時はまだ16歳で、強い思いで鮨職人の道に入ったわけではないのですが、叔父の営む鮨屋で働くことにしたのです。ずっと「職人」と呼ばれる仕事に憧れがありましたし、鮨は「料理人」とは呼ばすに、「鮨職人」と呼ばれます。ひとつのことを突き詰めていくのがカッコイイなと。

修行生活はいかがでしたか?

松本氏:
叔父の営む店は出前もあったりする、いわゆる地元の鮨屋でした。親戚の店ですし、将来はこの店を継いでいくのかなーとぼんやり考えていましたが、まだ将来に対するビジョンは曖昧でした。ただ本当に鮨が好きでしたから、給料が入ると銀座の有名店に鮨を食べに行き、一流に触れる機会を作っていました。

そんな時、銀座の「青木」で修行をしていた同い年の鮨職人と仲良くなって。彼に「鮨職人を本気で目指すなら、東京の店で修業をするべき」と助言され、きちんと修行し技を磨きたいという気持ちになったのです。
彼とは今でも付き合いがあるのですが、その後「青木」で二番手になり、現在は独立して横浜の「はま田」という鮨屋を営んでいます。

■必死になって磨いた、鮨職人としての技と心。

素晴らしい友人との出会いがあったのですね。その後はどのように修行されたのでしょうか?

松本氏:
その時すでに結婚し子供もいたのですが、妻に相談したところ「修行してきたら」と言ってもらえて。地元に妻と子供を残し、単身東京で修業することになりました。
最初に修業に入ったのは求人誌で募集していた銀座の鮨屋で、思っていたより組織化されていて。修業というより就職に近い感じで、少し物足りなく感じていました。
そんな折、食べ歩きで訪れた新橋にある「新ばし しみづ」の清水邦浩氏と出会い、縁あって修業に入らせてもらうことになりました。この師匠との出会いが大きな転機となりました。

「新ばし しみづ」での修行は違っていましたか?

松本氏:
仕事の繊細さが全然違いました。「新ばし しみづ」では仕込みにとても時間をかけますから、時間も長く厳しい毎日でしたが「新ばし しみづ」の鮨に惚れ込んでいましたので充実していました。師匠のことを尊敬し、信じていましたから、「ついていけば間違いない」という気持ちでした。

修行中は、技術はもちろん、店の経営のことなど、独立のことが頭にありましたから師匠のやっているのを見てすべてを学ぶようにしていました。
築地で他の職人に会っても「あいつらには絶対に負けない」という気持ちでいましたし、やればやるほど手ごたえや自信も生まれてきます。また鮨は素材が命ですが、築地の連中とも信頼関係が築けるようになっていました。今は京都にいますから築地に毎日は行けませんが、仕入れは今もほぼ築地から。その頃に築いた信頼関係があるからこそやっていける。そうして培った関係は本物の財産だと思います。

独立されたきっかけなどはどのようなものでしたか?

松本氏:
「新ばし しみづ」での修行生活は5年ほど。あと2~3年いれば、もう少し最初からうまくいっていたかなと思うこともありますが、タイミングが来るのをぼんやり待っていてはなかなか独立できないと思います。僕の場合は師匠が31歳で独立したので、僕も同じく31歳で、と決めて動きました。

それで東京で独立するつもりで銀座や麻布をいろいろ探したのですが、なかなか思う様な場所が無かったんですよ。
師匠に独立することを認めてもらい、店で働きながら探していたのですが、店に来ていた大阪のお客様から「京都にいい場所があるよ」と紹介してもらえることになったんです。

京都で店をやるなんて考えていませんでしたが、「面白いかもしれない」と夜行バスに飛び乗り、店を見に行くことにしました。その店は祇園だったのですが、京都の街並みの風情に完全にやられちゃいましたね(笑)。
ただその店は、色々と規制が厳しくダメになってしまい…、諦めて東京へ帰るバス停で、偶然にも店を紹介してくれた方とバッタリ再会したのです。
その方が新しく紹介してくださった場所がこの店です。京都のこのような場所は、普通はなかなか貸してもらえないと思うのですが、その方は京都に色々ツテのある方で、本当にラッキーだったと思います。

京都で偶然会うなんてまるでドラマのような展開ですね!
知らない場所で出店することに不安は無かったですか?

松本氏:
親戚や知り合いの全員に反対されました(笑)。今思えば、何の縁もない京都でよくオープンしたなと。

花街の文化も知らないし、舞妓さんを見たことも無かったのですから…。オープン当時は31歳で、京都の独特の雰囲気に完全にのまれていましたね。

オープンしてからはいかがでしたか?

松本氏:
僕の師匠はその筋で有名な方でしたのでメディアにも取り上げてもらえて…店は順調に軌道に乗りました。僕は都会があまり好きじゃなくて、東京も大阪もちょっと都会すぎるかなと思っていましたので、環境的に京都はすごく良かったです。

鮨 まつもと

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