挫折の連続から掴んだ世界一

L'Ambroisie(ランブロワジー)
吉冨 力良

 

L'Ambroisie(ランブロワジー) 吉冨力良

◼労働ビザを取得し、名門料理店へ。フランスのガストロノミーの世界へ

まさに、一条の光が差し込んできたのですね。それからのフランスでのキャリアについて、教えてください。

吉冨氏:
一年後にビザを更新してから、今度は当時二つ星のパリにあるとある名門料理店で働かせていただく事になりました。2012年、27歳の時のことです。

いよいよ星付きレストランでの仕事が始まるのですね。厨房はどんな様子だったのでしょうか?

吉冨氏:
一言で言うと、すごく厳しかったです。ポジションは冷菜部門のシェフ補佐でした。これまでフランスで働いてきたお店はビストロで、和気藹々とした雰囲気でしたがガストロノミーは全く違うということを実感しました。

厨房には料理人だけで15人程おり、朝8時までに店に着いて夜は24時まで働く。一つ一つの仕事のやり方が事細かく決まっていて、掃除も決まったやり方で掃除をする。そんな厳しい店は、フランスで初めてでした。

店のスペシャリテのレシピを盗まれないようにという意味もあるのでしょうが、一つのお皿を自分が全部作るのではなく、その一部しか担当しないので自分がまるで歯車の一部のようだ、と感じるようになりました。他の人が何をやっているかわからないですし、チームとしての一体感も感じることができません。こういった大きなチームは自分には向いていないと思いました。

また、同僚全員がライバルのため自意識過剰になっていた部分もあるかもしれませんが、同僚から人種差別的な態度や発言を感じる部分もありました。自分はあまりそうされたことはありませんでしたが、同じ日本人の同僚の方の靴が朝来たらないとか、制服のズボンが隠されてるとか自転車が明らかに誰かにパンクさせられているなど、色々な嫌がらせがありました。普段の仕事のミス等で何か言われるのは耐えられますが、こういった嫌がらせが許せなくて。数ヶ月経ち辞めさせてもらいました。

次に、「ミッシェル・ロスタン(Michel Rostang)」に行かれましたが、それは簡単に決まったのですか?

吉冨氏:
ミシュランに掲載されているパリの数店の星付きレストランに履歴書を送りました。その中で返事をくださったうちの1軒に、二つ星の「ミッシェル・ロスタン」がありました。すぐに連絡をとり面接をしていただき、面接の翌日から、肉の部門シェフとして働き始めました。初めて部門シェフに抜擢されて嬉しかったです。

もちろん最初はフランス人の同僚にバカにされたりしましたけれど、自分でも仕事ができる人間ではないというのはわかっておりましたので、同僚に認めてもらえるような仕事をしようと心懸けて仕事に励んでいました。次第にそういったことはなくなり認めてもらえたように思います。

クラッシックなお店でしたので、リエーブルアラロワイヤルや、ジビエなども色々と経験させていただきました。料理人の数もそれほど多くなく、温かい家族経営のお店だったのが自分に合っていたのだと思います。

肉の部門シェフを1年と魚の部門シェフを1年、すぐ隣の系列のビストロで料理長を半年ほど任させていただきました。オーナーから「そのままビストロのシェフでやってくれないか?君の名前を全面に出していくから。」と提案されましたが、日頃から未熟さを痛感しておりしたので、丁重にお断りさせていただきました。

その後もう一度違うガストロノミーの店で働きたいと思いました。次に働きたいところはと考えたところ、「ランブロワジー(L’AMBROISIE)」しか思い浮かびませんでした。

いよいよ、「ランブロワジー」との出会いです。コネクションなどはあったのでしょうか?

吉冨氏:
「ランブロワジー」で働いているので、何かコネがあったから働けるのでしょう。と言われることがありますが、そうではなく普通に履歴書を送って採用していただきました。

「ランブロワジー」というと、とても狭き門というイメージがありますが。

吉冨氏:
もちろん誰もが知っている有名なお店ですし、履歴書を送っても返事が来ないと皆さん思っていると思います。実際自分も、履歴書を郵便で送ったのですが返事が来ませんでした。普通の人は諦めるのかもしれませんが、僕は諦めたくなかった。それに、合否はどっちでもいいから、返事が聞きたかったのです。

そこで直接お店に電話を掛けて、「履歴書を送ったのですが、返事がないので結果だけでもいいから教えてください。」とお願いしました。するとオーナーシェフのベルナール・パコー(Bernard Pacaud)さんに変わっていただき、「履歴書?あぁ、これか。」と。どうやら見ていなかったようなんですね(笑)。「とりあえず、次の月曜日に面接する?」と聞かれ。その後面接をしていただきました。

パコーさんはとても有名な方ですし、自分もこの仕事を始めた時から知っている神様のような存在でした。彼の凄まじいオーラに圧倒され面接では緊張してしまいました。元々上手ではないフランス語がさらに喋れなくなっていましたね。

L'Ambroisie(ランブロワジー) 吉冨力良

◼憧れの「ランブロワジー」で自分の居場所を掴む

その面接で、すぐに採用になったのでしょうか?

吉冨氏:
いいえ。その面接をしていただいた時期が5月上旬で、
「今はポジションがない。あと2ヶ月したら夏のバカンス前になるので誰か退職希望者がでてくるかもしれないからその時また連絡しなさい。でもそれまでに君が他に興味のあるお店を見つけたら、今日の面接のことは気にしなくていいからそちらにいきなさい。」と言われました。

もちろん他のお店は全く興味ありませんでしたから、2ヶ月後にまた電話を掛けました。ところが、パコーさんから「そんなこと言ったっけ?」と言われてしまいまして(笑)。それで、もう1回面接をしようということになり、また面接をすることになりました。
その面接の結果その場でパコーさんが内定書を手書きで一筆書いてくださり、「じゃあ君に席をあげよう。」と採用していただきました。

そういったものをいただいたのは人生で初めてだったので「ああ、『ランブロワジー』で働ける。ここから自分の人生は変わっていくんだ。頑張らないと。」と実感がわきました。この内定書は今でも綺麗にとってあります。もう宝物ですね。自分にとって人生を変えたものになりました。

そして「ランブロワジー」でのお仕事が始まるわけですね。

吉冨氏:
はい。ランブロワジーの厨房には常に1人しか日本人はいませんが、もう1人既に6年程働かれている日本人の方が厨房にいらっしゃいました。その方とは1年間だけ一緒に働かせていただきました。

働き始めた数日経ったある日、その方に胸ぐらを掴まれるくらいの勢いで「お前、ここがどこかわかってるんだろうな。俺らの仕事が日本人はこうだ、と見られる。同じ日本人として恥ずかしいことはするなよ。」と、すごい剣幕で言われたのが、今でもとても心に残っています。

フランス料理をする者にとってはそれだけ特別なお店ですし、ここで働きたい日本人は何十人何百人もいる、その人たちの気持ちも汲んで働けよ、とおっしゃりたかったのだと思います。もともと覚悟を決めて入ったつもりでしたが、そう言われてさらに仕事に向き合う気持ちが変わりました。今までフランスで働いてきた日本人、これからフランスで働く日本人、そのどちらにも恥ずかしくないような仕事をしなければいけないなと更に思いました。

1年経ちその日本人の先輩も退職され、それから日本人は自分1人だけになりました。

「ランブロワジー」の厨房は、他のレストランとは違いましたか?

吉冨氏:
はい。とにかく清潔でした。あとは、食材に対する考え方が今まで経験したお店と全く違いました。その日に使う新鮮な物だけを仕入れます。

数日分まとめて仕込んでおくということは一切しません。必要な物を必要な分だけ。1番良いものを良い状態でお客様に召し上がっていただくという考え方です。

また、そんな上質な食材の味や香りをいかすために、メインの魚や肉、付け合せの野菜もあらかじめ切ったり下ごしらえすることはしません。オーダーが入ってから切って、必要な分だけその都度調理します。人参やジャガイモもあらかじめ切って、水につけておくということは絶対にしません。味が逃げてしまいますからね。

ソースのレデュクション(※1)も直前です。その瞬間に作られたものが一番美味しい。それがパコーさんの考え方です。

また、彼は余計なものはいらないという考え方なので厨房にはほとんど現代的な道具がありません。

蒸す料理もプラック(※2)に蒸し器を置いて調理するほどです。どこの位置に蒸し器を置くかでも中の蒸気の温度は変わります。調理に使うオーブンも、スチームコンベクションオーブン(※3)ではなく昔ながらのガス下オーブンで、火加減の調整の為についていたダイヤルの数字もすっかり消えてしまっていますが、開けた時の温度感、炎の見える感じなどから、だいたいの勘で設定しています。

熱かったら入れる時間を短くしたり、火の入りが浅かったら、もう一回1分だけ入れたり、アロゼ(※4)したりして調節することもできますし。
そういった、文字にならない、数値化できない感覚というのは、ここに来てとても磨かれたように思います。数値化などしなくても、職人なのだからそれくらいできないと、ということなのではないでしょうか。

※1:フランス料理の調理用語。煮詰めること、煮詰めたもの。
※2:ヒートトップレンジという調理設備の上に置かれる鉄板のこと。常時温めることで、鍋などの保温や加熱を行う。
※3:水蒸気と熱風で調理する多機能な加熱調理機器。さまざまな加熱調理が可能。
※4:ソースやシロップ、油などを素材に振りかける調理法。

「ランブロワジー」の料理のスタイルは、王道のクラッシックとして知られていますね。

吉冨氏:
クラッシックな料理ももちろん作られますが、クミンや生姜やココナッツミルクなどのエキゾティックな味もよく使われます。たとえば、エクルヴィス(ヨーロッパザリガニ)をコリアンダーのソースで仕立てたり、リードヴォー(子牛の胸腺肉)の良さを引き立たせるようにソースに生姜と鷹の爪を少しだけ使ったりということもしています。

そして、この「ランブロワジー」で、パテ・アンクルート世界大会に参加するのですよね。

吉冨氏:
はい。最初の挑戦は2016年12月でした。
「ランブロワジー」で働き始めて2年が経ったタイミングで、魚の部門シェフを担当して1年が過ぎた頃でした。年齢も31歳になり、何かに挑戦して自分が今どのくらいのレベルなのか知りたかったのです。

ですが、練習環境が問題でした。お店が休みの日はランブロワジーの厨房を使わせてもらえなかったので、仕事の合間の少しの休憩時間や、仕事終わりの真夜中に自宅の小さなキッチンで練習したりしました。少しずつ仕込んだパーツを一気に組み立ててお店に持っていき、お店のオーブンで焼く、というような練習をしていました。

あと友人の山口杉朗シェフのレストラン「ボタニック(Botanique)」の厨房を、仕事の無い休日や営業の終わった夜中に借していただき、練習もしました。
作るたびに気になる箇所が出てきて、何回練習しても1回も満足するものは出来ませんでした。肉、ファルスの味付けや全体のバランス等、パテ・アンクルートの事を考えない日はないくらい、毎日考えてました。

それが功を奏して、初年度は準優勝獲得。どんな気持ちでしたか?

吉冨氏:
忙しい日々の中で何度も練習して勝ち得た準優勝でしたが、やり遂げたという達成感と同時に、優勝できなかった悔しさがありました。

そんな嬉しさと悔しさが入り混じった気持ちで、パコーさんとマダムに結果を報告すると、マダムから「なんで2位なのー、『ランブロワジー』はなんでも1番じゃなきゃダメなのよ。」と言われたのです。てっきり自分は「良く頑張ったね。」と褒めてもらえると思っていたのですけれど(笑)。

そのリアクションで彼らの凄さを感じました。彼らがいるから「ランブロワジー」なんだなぁと。

またこの時期、故郷の熊本で大地震がありました。実家も全壊して、両親は農機具を置く小屋で寝起きするような日々を過ごしていました。そんな故郷に準優勝ではありましたが、少しでも良い報告ができたのはとても嬉しかったです。

優勝は叶わなかったものの、その後すぐ肉の担当に変わったそうですね。

吉冨氏:
はい。肉部門のシェフに指名していただき、とても嬉しかったです。肉部門のシェフは全体のフォローをしなければならない副料理長のような立場でもあると思っています。
ランブロワジーの毎日のまかないも肉部門のシェフが作らなければなりません。

パコーさんは「ちゃんとしたバランスの良いおいしい食事を食べないといけない。」と、まかないにとても気を遣っていますから。もちろん食材の切れ端なども使いますが、わざわざ賄いのために注文する時もあります。

実際、レストランでの仕事はタフですから美味しくない賄いだと同僚のモチベーションも上がりませんからね。

L'Ambroisie(ランブロワジー)

L'Ambroisie(ランブロワジー)

お問い合わせ
0033(0) 1 42 78 51 45
アクセス
9 Place des Vosges, 75004 Paris- France
http://www.ambroisie-paris.com/
営業時間
ランチ:12 :00〜13 :45
ディナー:20:00〜21:45
定休日
日曜・月曜