へストン・ブルメンタールとともに、世界をつかむ。盟友との19年間で見つけた、「チームを共鳴させるため」に必要なこと

Dinner by Heston Blumenthal(ディナー・バイ・へストン・ブルメンタール)
Ashley Palmer-Watts(アシュレイ・パーマー ワッツ)

Dinner by Heston Blumenthal(ディナー・バイ・へストン・ブルメンタール) 外観

■誰かの名前のレストランを背負って働くということ

この業界で26年のキャリアを持っていらっしゃいますが、2010年にオープンした、ディナー・バイ・へストン・ブルメンタールも、ヘストンの名前です。自分のブランドではなく、へストンの名前が冠された店で働く、ということに関してはどう思いますか?

アシュレイ氏:
私は、これまで誰か「のため」に働くと思ったことは一度もありません。私は、私のために働いています。

ですので、私は、へストン「のため」に働く、と思ったことはありません。ヘストン「と」働いている、と常に思ってきたし、今もそう思っています。逆に、へストンも、私たち「と」働いていると思っているでしょう。

例えば、新しい料理のアイデアを話し合うときだって、みんなが意見を言い合います。エキスパートの集まりですから。誰かが説明して、それにみんなが従うだけ、なんておかしいでしょう?様々なエキスパートの思いを織りあげていくのが私たちの料理なのです。お互いにお互いを刺激しあえる、そういうチームだと思っています。

へストンのことは、先を見通す人である、と表現されましたが、ご自身のことはどう表現されますか?

アシュレイ氏:
自分は好奇心が旺盛で、ディテールにこだわり、料理に対しては脅迫的なほどの愛情を持っています。好きなことにしか関わりたくないですし、興味のないことには、1秒も時間を使いたくない、と思っています。とはいえ、気難しいタイプではなく、落ち着いた、フレンドリーな性格であるとは思います。

また、仕事の役割としては、本当に色々なことをやる必要があります。実験用のキッチンで新しいメニューの開発をしたり、料理本を作っているかと思ったら、翌日にはオーストラリアに飛んで、厨房の指揮をとっている、というように。クリエイティブでなくてはならないと同時に、現場を取り仕切る実行力もなくてはならない。そのバランスを、常に変えながらやっています。

そんなマルチタスクを易々とこなしていらっしゃるように見えますが、これまで大変なことはありましたか?

アシュレイ氏:
やはり、このレストラン、ディナーをオープンすることでした。元々のアイデア自体は、へストンが2001年に、オックスフォード大学の食のシンポジウムに出席した際、ハンプトン・コート宮殿で、古い料理を研究している歴史家に会ったのがきっかけでした。「この宮殿には、多くの英国の歴史的な食文化の本が収蔵されているからぜひ読むべき」と歴史家に勧められたので、私たちは宮殿に行き、現代のような調理器具のない時代の、忘れ去られた古典的な料理法を研究したのです。生きたままの鶏の羽を縛って、人が焚き火の周りに近づいて回りながら調理する方法とか、今では考えられないような調理法が色々あったのです。イギリスの古くから伝わる料理法がこんなにあったのか、と愛国的な気持ちになりました。

ファット・ダックでもそのアイデアを少し取り入れましたし、2005年には、ファット・ダックのすぐそばに古いパブを買って、こう言ったアイデアを表現し始めましたが、そこまで本格的なものではありませんでした。

そこに、ハイド・パークのマンダリン・オリエンタルホテルに、レストランをオープンするという話が舞い込んできたのですね。

アシュレイ氏:
2010年に、ロンドンにディナーをオープンするにあたって、この古典的な料理を現代に持ってくるアイデアを本格的に取り入れようと思ったのです。一見シンプルに見えますが、その裏に複雑性と、メソッドと、テクニックがあり面白いと思ったのです。

ディナーは、1日に300人の食事客が訪れる大型レストランで、スタッフだけで100人。そんな大きなレストランをオープンするのは、初めてでしたし、簡単なことではありませんでした。

当時は、ロンドンから遠く離れた、バークシャーのブレイ(Bray、ファット・ダックのある街)に住んでいたので、車で2時間くらいかけてロンドンまで通っていたので、本当に大変でした。妻に聞いたら、「一年位は、夫が夫でないようだった。」と言うと思いますよ。

新しいメニュー作りもそうだし、フロントとキッチンのスタッフも見つけなくてはならなかった。キッチンのスタッフは、46人いたのですが、1年で43人変わりました。辞めた人も、辞めてもらわざるを得なかった人もいます。主なスタッフは変わっていませんが、それでも大変でした。

さらに、私たちは知識がなかったので、ソフトランディングをせずに、最初からランチサービスありで、週7日オープンすることにしてしまったので、私は55日間休みがありませんでした。その経験から学んで、2015年にオーストラリアにオープンする際には、最初の6週間は、週6日間営業、そのうちの最初の3週間はランチ営業なしにしました。経験から、少しは学んだ、と言う訳です。

オープンしてからしばらく経った後は、順風満帆だったのですか?

アシュレイ氏:
いえいえ、とんでもない。中でも、一番大変だったのは、ディナーのスーシェフと、ファット・ダックの元スーシェフを、2013年に香港で失ったことかもしれません。

薬を服用していて気絶したバスの運転手が、コントロールを失って2人がたまたま乗っていたタクシーに追突して、2人とも亡くなりました。一報は朝届いて、スタッフ100人全員が、言葉通り床に崩れ落ちたのを覚えています。だけれども、レストランは予約でいっぱいで、いつも通り、ランチサービスをしなければなりませんでした。エグゼクティブシェフである私の仕事はチームを勇気付け、正しく導くことです。

亡くなったうちの一人は私の親友でもありました。私が最初に気を持ち直さなくてはいけなかったのに、辛くて言葉は出ませんでした。でも、料理を楽しみにしているお客様の為に、そしてチームのためにやるべきことをしたのです。

そんな思いを乗り越えて作った、このディナーは、あなたにとってどんな存在ですか?

アシュレイ氏:
へストンと一緒に作り上げて、自分がエグゼクティブシェフをしているディナーは、自分そのもの、と言ってもいい存在です。オープンからロンドンは7年、メルボルンは1年ちょっと経っていますが、まだ始まったばかりと思っています。

ロンドンとオーストラリアの店は、兄弟のような立ち位置です。今は、ロンドンとはまた違ったオーストラリアならではの魅力を引き出すために、オーストラリアの歴史家と一緒に、その食の歴史を探っています。それが生きたデザートもありますよ。まだまだ色々なことができると思っています。レストラン、というより、自分と一緒に年をとっていくものであり、ここに自分の心がある、そんな存在でもあります。こんなに好きな仕事ができて、自分はラッキーだと思っています。

Dinner by Heston Blumenthal(ディナー・バイ・へストン・ブルメンタール) 外観

■数百人の巨大チームを率いるために必要なこと

大きなチームを率いるために、心がけていることはありますか?

アシュレイ氏:
大切にしているのは、レストランは人、という思いです。確かに今の時代は自分が若い頃とは違うし、タフな現場では、若い人がよく辞めてしまう、ということも聞きます。でも、それでも、大切なのは、私がへストンと働き始めた時に感じてきた気持ちと同じことだと思います。

働いている人たちが、良い時間を過ごしていると感じられて、毎日成し遂げたことに特別なプライドを感じていること、日々、昨日よりも、自分がよりよくなっていると感じられること。チームとして高いレベルでパフォーマンスできている、と信じられることだと思います。

そして、大切なのは、全員がレストランにとって欠かせない役割を担っているわけですが、その一人一人には個性があり、同じことが起きても、リアクションが違うということを理解することです。

しかし、ファットダック・グループ全体は約450人、私が今担当しているディナー・バイ・ヘストン・ブルメンタールは、ロンドン店は、キッチンに51人、フロントスタッフが65人。メルボルンは、キッチン45人、フロントスタッフが55人。合計で200人以上のチームの面倒を見ていることになります。

しかも、地球の反対側のイギリスとオーストラリア、両方の面倒を見なくてはいけないわけですよね?

アシュレイ氏:
はい。メニュー開発に関しては、私を含め、4人のチームが両方のレストランを行き来しながら行っています。

そして、スタッフの管理という意味でも工夫をしています。スタッフ一人一人の名前と顔を覚えるように努力はしていますが、人格までは把握するのがなかなか難しいです。ですから、キッチンに長くいる、中堅スタッフ、シニアスタッフの存在は重要です。彼らが一番、どうすればうまくいくかを知っているからです。

個性や、責任感、誠実さの度合い、何よりも、高いレベルでパフォーマンスするために必要な、一人一人の欲望のありかを知っているからです。

その個性を踏まえた上で、フィードバックを伝えて、全員がみんなでコラボレーションしている、という気持ちにさせることが大切です。自分がいつも感じているように、「他のことよりも何よりもこの仕事がしたい」と思って欲しいし、そのためには信頼感と勇気付けが必要です。

では、その信頼感を醸成するために、新しいスタッフをどのように育てているのですか?

アシュレイ氏:
新しいスタッフが入ると、うちでは、1年か1年半の経験があって、レベルの高い仕事をするスタッフを、メンターとしてつけるようにしています。必ずしも同じ部門ではありませんが、知りたいことがあったらその人に聞けるし、何よりも、本人がキッチンに入った時に、支えてもらっている、と感じられて、最初のステップとして、何に集中すればいいか教えてくれる人がいることが大切なのだと思います。このメンタープログラムはとてもうまくいっていますよ。

そしてまた、評価する側が正しく評価をできているか、ということも考えなくてはなりませんね。

アシュレイ氏:
はい。今、ディナー・バイ・ブルメンタールには、イギリスに15人、オーストラリアに12人のシニアシェフがいます。私たちは、ここ3年は、イギリスのオリンピックメンタルパフォーマンスコーチの、ピート・リンゼイ(Pete Lindsay)のもとで、チームワークについて学んでいます。

オーストラリアの店がオープンしたのは、2015年10月ですが、その前に、両方のシニアシェフ全員を英国北部の湖水地方に連れて行って研修をしました。具体的には、平常時とストレスがある状態で、どんな風にリアクションするか状況ごとのマッピングをしています。シニアスタッフは自分がどんな性格であり、どうやって行動するかを客観的に知る必要があるからです。ほとんどの人は、プレッシャーのかかる状況で、自分がどんな風にリアクションするかはわからないし、上に立つ者は、自分の行動が、どんな風に他の人の行動やパフォーマンスに影響を与えるかを知っておかなくてはならないと思うのです。

また、部下を見る際に関しても、人によってそれぞれ、何かが起きた際のリアクションが違うということを知っておくことが大切です。なので、オーストラリアからは少し遠過ぎて難しいのですが、イギリスのスタッフは、キッチンスタッフ、フロントスタッフともに、ここで研修させています。それによって、どんな風に共鳴するか、チームとして動くかが決まるのですから。自分だけではなく、平常時と、緊急時、それぞれの場合に部下がどのように反応するかを学ぶことは非常に大切だと考えています。

Dinner by Heston Blumenthal(ディナー・バイ・へストン・ブルメンタール) 内観

Dinner by Heston Blumenthal(ディナー・バイ・へストン・ブルメンタール)

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+61 3 9292 5779
アクセス
Dinner by Heston Blumenthal Crown Towers, Level 3 8 Whiteman Street Southbank Victoria 3006 Australia
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営業時間
■Lunch
Friday to Sunday12:00pm - 2:30pm

■Dinner
Sunday - Thursday 5:30pm - 11:00pm
Friday & Saturday 5:30pm - 11:00pm
定休日
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