韓国料理 × ○○、新しいスタイルを創造し続けたい

韓国料理 ほうば
新井 正彦

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■料理の道へ導いた、家族の事情とテレビ番組「料理の鉄人」

現在は韓国料理店として初のミシュランの星獲得店として押しも押されもせぬポジションを確立されていますが、そもそも料理の世界に入られたきっかけは?

新井氏:
もともとは漠然と大学進学するつもりだったのですが、高校を卒業する頃になり、家庭の事情で急に働かなければいけなくなって。急だったので、親戚の紹介で、東大阪のプラスチックの金型を作る工場に就職しました。3年後に母の再婚が決まって晴れて自由の身になったんですが、黙々と精密機械と向き合ってきた反動か、人と接する仕事がしたいと思いました。

ちょうどそのころテレビ番組の「料理の鉄人」が人気でした。もともと母が韓国料理のお店を営んでいて、小さなころから買い物を手伝ったりと飲食店が身近な存在でしたし、当時はちょうどティラミスやパンナコッタといったデザートが話題になっていて、「イタリア料理=スパゲッティ」だったところから、「イタリア料理=おしゃれ」と変わっていく時代でした。私も親戚に連れて行ってもらったお店で生ハムメロンを食べて「イタリア料理ってこんなにおいしいんだ!」と憧れていたので、「よし、イタリア料理の道に進もう」と決めました。その時から、将来は独立して店を持とうと考えていましたね。

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■独立を視野に仲間と切磋琢磨し合った修業時代

最初はイタリア料理を学ばれたんですね。どんなお店で修業されたのでしょうか?

新井氏:
はい、まずは街場のイタリアンレストランに就職しました。開業や修行のための資金を貯めようと、朝食はパンのみ、夜食はそれにホッピーが加わるだけといった感じで、とにかく3年間は節約しながらがむしゃらに働きました。

目標資金が貯まったので、より高度な技術を身につけたいと、「ポンテベッキオ」と並ぶイタリア料理店だった「カラヴァッジオ」に移りました。

色々なお店がある中、「カラヴァッジオ」に入られた経緯はいかがだったのでしょうか?

新井氏:
当時から料理人にはいろんなお店で食べる経験が大切だと思っていたので、節約をしながらも、ジャンルを問わず「おいしい」と評判のお店には食べ歩きに出かけていました。
その中からここで学びたい!と思ったお店をいくつか受けて、大阪の「カラヴァッジオ」で採用されたんです。

90年代で私が25歳くらいの時ですが、そのとき店には同世代が5人いたので、もう仕事の取り合いですよ。みんなまかないを食べながら料理本を読むなど常に料理のことを考えていて、少しでも多くのことを早く学んで、人より先に仕事を任せてもらえるよう必死でしたね。ここでも毎日朝8時から終電まで働いていましたね。

そんな互いに切磋琢磨する関係の中で抜きんでるために、心がけていらっしゃったことはありますか?

新井氏:
周りの動きをよくみながら自分の仕事を早く終わらせて、「次何しましょうか?」と声をかけるなど、チーフが次に何を求めているかを意識しながら、動くようにしていましたね。やっぱり気が利くって大切なんですよ。

修業時代、師匠というような方はいらっしゃいましたか?

新井氏:
そうですね。現在京町堀で「I VENTICELLI」をされている浅井卓司シェフは、「カラヴァッジオ」2代目店長としてお世話になったのですが、イタリアの古い文献を読みあさって、古代のレシピを現代風にアレンジしたメニューなど、すごくアグレッシブな料理を作られていました。そんなパワフルでマッチョな料理への姿勢には、「ついていきたい!がんばらないとついていけない!」といつも刺激を受けていました。実は今でも、店の経営のことなど何か悩みや問題があると、相談に乗ってもらったり愚痴を聞いてもらったりする関係が続いています。

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