ブラジルの”食”の魅力を世界へ。アマゾンから学んだ「幸せ」の形

D.O.M.(ドン)
Alex Atala(アレックス・アタラ)
D.O.M.(ドン) Alex Atala(アレックス・アタラ)

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■「生物学者になりたい」大自然に魅了された子ども時代

元々シェフになろうと思っていたのですか?

アタラ氏:
いえいえ、子どもの頃の夢は、生物学者になることでした。私はブラジルの首都、サンパウロで生まれ育ち、父はゴム産業で働いていて、母は裁縫をして家計を助けていました。4人兄弟の上から3番目、上に姉と兄、下に妹がいます。
週末になると、海や川に、家族で釣りに行くのが習慣でした。我が家には「自分で釣った魚は自分で内臓を取ってさばいてキッチンに持って行く」というルールがあって、幼い頃小さな魚を釣って、それをさばいていた記憶があります。魚をキッチンに持って行くと、祖母や母が、魚の揚げ物やシチューなど、シンプルですが美味しい料理を作ってくれたものです。

今でも、休日によく子ども達と魚釣りに行きます。長女はあまり釣りが好きではありませんが、長男のペドロも次男のトーマスも、釣りが好きで、もちろん魚や、豚だってさばくことができるのですよ。ブラジルの伝統、というより、我が家の伝統ですね。

幼い頃はどんな子どもだったのですか?

アタラ氏:
難しい子どもだったと思います。とにかく学校が嫌いでした。学校というシステムに従うのが苦手で、勉強も、英語やポルトガル語の作文、数学などは好きではありませんでした。一方で、生物や地学などは大好きでした。

■大好きだった音楽が、シェフへの道を開いた

ブラジルを飛び出したきっかけはなんだったのですか?

アタラ氏:
17歳の頃、バッグパックで世界旅行に行こうと思いました。当時はアメリカのラモーンズ(Ramones)やスティッフ・リトル・フィンガーズ(Stiff Little Fingers)などのバンドに夢中で、当時のブラジルは情報が少なかったので、ライブを見にイギリスに行こうと思ったのです。
そして、イギリスから足を伸ばして、フランス、イタリア、オランダ、ベルギーと訪れましたが、すっかりその文化の魅力の虜となりました。私には、全てが違って見えたのです。生活費を稼ぐために、ベルギーの建築現場で壁を塗っている時に、転機が訪れました。同じようにアルバイトをしていた友達が、料理学校に行くとビザが取れる、と教えてくれたのです。料理がやりたい、という気持ちはなく、ヨーロッパのビザが欲しい、それが料理に関わり始めた最初です。

最初のうち料理は別に好きではありませんでした。ベルギーの料理学校を卒業し、最初のうちは見習い(スタージュ)をするのが義務だったので、養老院で、歯や消化器官に問題のあるお年寄りに料理を作る仕事を3ヶ月、ケータリング会社で3ヶ月働きました。
そのあとに、去年閉店したベルギーの三つ星「ブリュノー(Bruneau)」のジャン=ピエール・ブリュノー(Jean-Pierre Bruneau)の元で働きました。

初めてのプロの厨房で、今の自分の基礎になる部分を教えてもらいました。例えば、食材のサプライヤーといかに近い関係を築いて、最高の食材を手に入れるようにするか、また、お客様に食事という体験を提供するために、サービスがいかに重要かを学んだ初めてのレストランでもあります。
その後、フランスの同じく三つ星、ベルナール・ロワゾー(Bernard Loiseau)の元で働きます。ロワゾーシェフは、規律を持つことの大切さ、そして一つ一つの食材そのものの味を理解することを教えてくれました。

当時の高級フランス料理の厨房というのは軍隊のようでしたから、気楽に行こう、というタイプのブラジル人の私にはとてもきつかったです。しかし、どちらのシェフも、食材や季節を尊敬すること。もし成功したかったら、100%力を注がないとといけない、という大切なことを教えてくれました。また、こう言った店で新鮮な魚や、様々なジビエなどを扱うようになると、自分の仕事は生物学者と変わらないな、と思うようになりました。

1991年に、イタリアに行きました。妻のクリスティアーナが修士課程を終えるためにイタリアに行かなくてはならなかったのです。彼女と結婚したばかりだったので、ファインダイニングでは働かず、シンプルな店で働きました。
イタリア料理において、食材の質というのは非常に大切です。「ジャンピエールブリュノー」や、「ベルナルドロワゾー」にいた頃と同じように質の高い料理をやっていましたが、もっとおおらかな料理でした。シンプルな料理でしたが、シンプルな料理は難しい、ミスをカバーすることができないからです。2年間、美しい学びの時間を過ごしたと思います。

1994年、息子のペドロが生まれたのをきっかけにブラジルに戻りました。クリスティアーナも私も、子どもは家族のいるブラジルで、ブラジル人として育てたいと思ったからです。

D.O.M.(ドン) 料理

■ブラジル食材を使った地中海料理で人気を博す

アタラ氏:
ブラジルに戻った当初は、イタリア料理店で雇われシェフをしていました。しかし、当時ブラジルにはヨーロッパで経験を積んで戻ってきた、というシェフはいませんでしたから、フランス人シェフのいる地中海料理のファインダイニングの店「フィロメナ(Filomena)」から声がかかりました。

程なくして、地球の裏側のブラジルでは、地中海料理の食材が思うように手に入らないことに気づき、1995年頃から、徐々にブラジルの食材を使い始めました。

地元の食材を使うのは、難しい部分もありますよね。実際の味はともかく、地元の食材よりも本場の食材の方が良い、という人もいませんでしたか?

アタラ氏:
最初のうち、訪れた人たちはこれはなんだろう、という感じでしたが、しばらくして大流行するようになり、ブラジル食材をフランス料理に取り入れるレストランがどんどん出てきました。
私が最初に作ったブラジル食材のメニューは、ヒラメとパッションフルーツの組み合わせです。ブラジルには、キャッサバの粉に玉ねぎなどを混ぜて作る、伝統的なファロファという付け合わせがあり、それを料理の上にかけて食べるのですが、キャッサバの代わりにコーンの粉を使い、バターと玉ねぎだけでなく、パッションフルーツの果肉を混ぜて、それをヒラメにかけて食べる、という料理を作ったのです。

多くの人が私の料理を好んで食べるようになったので、独立を決意し、1998年に16席だけの小さなレストランをオープンしました。キッチンは、自分とスーシェフのジョバンニの2人だけでした。
お金はなかったのですが、多くの人がもっと大きなレストランをオープンするように、と勇気付けてくれ、今の「D.O.M.」の場所を見つけ、そこに移転したのが1999年のことです。今も昔も、45席のレストランです。

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■縁のあった、「D.O.M.」という言葉を冠したレストランをオープン

「D.O.M.」という名前にはどんな意味があるのですか?

アタラ氏:
イタリアに住んでいた当時、家の目の前に教会があり、その入り口にD.O.M.という記載があったこと、そして当時妻はグラフィックデザイナーとして働いていて、その会社の名前がDOMデザイン、という名前だったことで、不思議な縁を感じていました。そしてそのことについて、自分のレストランでサービスの合間にバーテンダーと話していると、ベネディクティンのボトルにD.O.M.と書いていることを教えてもらって、さらに興味が湧きました。当時は今と違ってインターネットが発達していませんでしたから、人に聞くしかなかったのです。

ある日、家の横でコーヒーを飲んでいると、教会の神父に偶然会って、このD.O.M.の由来について聞いてみると、ラテン語でDeo Optimo Maximo「至善至高の神へ」という意味だと教えてくれました。それに合わせて、中世のベネディクティン修道院は、世界中からの旅行者に扉を開いていたというのです。それによって、バーテンダーが教えてくれた、リキュールのように、ベネディクティン修道院のレシピは世界に広まったのです。

様々な縁が重なったこと、そして、私たちのレストランも、世界中からやってくる人々にとって、家のような存在であってほしい。そんな思いでこの名前をつけました。

しかし、オープンして特に最初の2年は本当に大変でした。ブラジルは起業家にとってやりやすい場所ではなかったのです。起業したばかりの頃は、レストランの成長のためにとても大切な費用と税金の体系について何も知りませんでしたし、衛生管理もとても複雑で重要でした。これらの法的、また経済的なことの理解をしていなかったので、人生で一番きつい時期でした。

転機が訪れたのは、2005年のことです。それまで、私たちのレストラン「D.O.M.」はブラジルでは知られていましたが、海外での知名度はありませんでした。
それを変えたのが、スペインで行われているフードイベント、マドリッド・フュージョンでした。私にとって、初めての国際的なイベントへの参加で、面白いアマゾンの食材、例えば新鮮なタピオカやココナッツハート、ハーブなど、10種類ほどを持って行ったのです。そうすると、「エル・ブジ」のフェラン・アドリアと、「アルザック」のファン・マリ・アルザックが、興味を隠せなくなったのか、ステージに上がって味見をし始めたのです!アマゾンの食材が、人々の心を掴んだのです。

そのあとは、ブラジル国外からも、多くのジャーナリストやお客様がいらっしゃるようになり、さらに様々なイベントに呼ばれるようになりました。

D.O.M.(ドン) 内観

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