ブラジルの”食”の魅力を世界へ。アマゾンから学んだ「幸せ」の形

D.O.M.(ドン)
Alex Atala(アレックス・アタラ)

D.O.M.(ドン) Alex Atala(アレックス・アタラ)

トルコのフードイベント、ガストロマサ(Gastromasa)にてプレゼンテーションを行うアタラ氏

■ブラジルの食の魅力を世界に

ブラジルの食材、そしてブラジル料理とはどんなものでしょうか?

アタラ氏:
ブラジルは広く、そして地域ごとの料理があります。アマゾン自体が、世界最大の生物多様性を持つ地域です。
特に私が素晴らしいと思うのは、アマゾンのフルーツ、ハーブ、野菜の豊かな味わいと香りです。これまでに知っている似た種類の野菜や果物と、全く違うと感じると思います。

未来に向けて、環境負荷の少ない植物ベースの食事を取ることが今注目されていますが、「D.O.M.」は、植物ベースの料理を多く出すことでも知られていますね。

アタラ氏:
そうですね、ただ私は、サステイナブルという言葉は実はあまり好きではありません。理論が先行した、喜びのない食事のようなイメージがあるからです。
食事は、家族や誰かと一緒にいることであり、愛でなくてはいけない。そして、美味しくなくてはいけません。

私が野菜や果物をたくさん料理に取り入れているのは、ブラジルの最上の食材は、野菜と果物、ハーブだと思っているからです。例えば、アマゾンには野生のパイナップルがあり、それは蜂蜜のように甘いのです。そして、こういった植物をたくさん使った料理は、環境にも人間にとっても、健康的なものです。

日本にも何度かいらっしゃっていますね。

アタラ氏:
はい、日本とアマゾンの料理そのものは全く異なりますが、双方ともに、旨味がとてもはっきりしているのが特徴だと思いますし、共通する味わいを見つけることもあります。

例えば、アマゾンの汽水域で獲れるエビを使った調味料は、乾燥してからスモークをかけるもので、通常はタピオカやキャッサバでんぷん、マンジョッカと呼ばれる芋から作った液体、ジャンブーと呼ばれるハーブなどを混ぜて濃厚なスープにしますが、これを出汁のように使うと、昆布とカツオの出汁を思わせるような味になるのです。

また、近代化の中で忘れられてしまった伝統の味もあります。そういった味をブラジルに取り戻すのも目的です。

私たち外国人からすると珍しいものだらけです。今は多くのお客様が海外からいらっしゃるのでしょうか?

アタラ氏:
そうですね、海外からのお客様も多いですが、ブラジルからも、もちろん沢山いらっしゃいます。私が使っている食材はアマゾンを始め、広大なブラジル全土から集めたものですから、90%はブラジル人にとっても見たことのない食材ばかりです。

何かその中でも特に珍しい食材、今注目しているものはありますか?

アタラ氏:
どれか一つを選ぶのはフェアではないと思いますし、もし私がそう言ったら、皆がその食材だけを求めて、生物多様性が崩れてしまいますから、残念ながら選ぶことはできません。

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■食材を使うことで、アマゾンに住む人々の暮らしを守る

アマゾンの人々と関わり始めたのはいつ頃からですか?

アタラ氏:
アマゾンの先住民の人たちと働き始めたのは、2003年のことです。アマゾンの食材の味わいは素晴らしい。しかし、サンパウロでは見つからない。そこで、友人のつてをたどって、何度もアマゾンを訪れました。最初は2〜3人の友人が助けてくれ、その友人たちがサプライヤーになったり、その逆にサプライヤーが友人になることもありました。
今では数え切れないほどの人たちと一緒に、このアマゾンのプロジェクトを進めています。

実際にアマゾンの食材を使い始めたのが2005年頃ということなのですが、その当時、アマゾンの食材を使っているシェフは珍しかったのではないですか?

アタラ氏:
確かに、ペルーでもブラジルでもボリビアでもコロンビアでも使っている人がいなかったと思うので、私はパイオニアの一人と言えると思います。
ペルーの「マラバー(Malabar)」のペドロ・ミゲル・スキアフィーノ(Pedro Miguel Schiaffino)が同じくらいだったかどうか、というところでしょうか。ガストン・アクリオは、初期の頃はアマゾンよりもアンデスを探求していたように思います。

このアマゾンのプロジェクトは最初からうまく行ったのですか?

アタラ氏:
いえ、試行錯誤がありました。当初は、私はアマゾンに土地を買い、そこで自分の作物を作ることを考えていました。しかし、それはうまくいかなかった。同じブラジルに住んでいても、違った文化の先住民の人たちと一緒にやっていくのはとても難しかったのです。また、報酬の渡し方も難しかった。現金を渡すと、時に彼らの文化を破壊することにもつながります。

例えば、酒やギャンブル、ドラッグなどに走ることもあります。そこで、私は人類学者と共に働くことを決めました。こう行った人類学者の中には、我々が行くよりもずっと前から、調査のためにその地域に住んでいて、彼らに本当に何が必要か、ということをわかっているのです。

実は、先住民というのは、決して少ない人数ではありません。アマゾンにアクセスする町は、マナウスとベレンですが、それぞれに200万人が住んでいて、違った世界が広がっています。同じ国ではありますが、違った文化であることを知り、それをきちんと尊敬することが大切です。
アマゾンには、全部で200以上の部族が暮らしていて、彼らの環境はそれぞれでまったく違います。そのほとんどの場所で、電気は通っていません。
しかし私たちと同じように、フェイスブックを使いこなしている先住民もいれば、買い物に行こうにも片道2日間かかるため、未だに服は自分たちで作り、「お金とは何か」を知らない人たちもいます。

また環境も違います。とても綺麗な水が自然に手に入るところもあれば、不衛生な川の水しかない地域もあります。それぞれのニーズに合わせて、アマゾンの食材を受け取る代わりに、お金ではなく、必要なものを渡すスタイルにしたのです。

200の部族はそれぞれにすべての面で異なりますが、一つ共通項があるとしたら、それは彼らが「幸せであること」を大切にしていることです。
私たちの文化は、もっとお金があれば、もっと幸せであると考え、ものを買うことが幸せだと考える傾向があります。しかし、先住民族にとっては、お金は大切ではありません。幸せであることが大切なのです。

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■アマゾンから学んだ「幸せ」の形

アタラ氏:
もちろん、その幸せは、200の部族ごとに違う。そこで、それを調査して、取りまとめる基金も作りました。アタ・インスティテュートです。

例えば、汚染された水がある地域には、浄水設備を作ったり、斧やナイフ、ペンなど、シンプルな道具が必要な場所にはそう言ったものを、学校が必要なところには、学校を建てたり、先生を派遣したりします。医療施設を作る時もあります。本当に必要なものを提供することで、彼らの幸せに貢献したいと考えているのです。

現在、食材ごとに7つのプロジェクトが動いています。それぞれの地域に最低一人は人類学者がいて、どんなサポートをすべきか教えてくれます。唐辛子の産地、天然キノコの産地など、それぞれに違う特徴のある地域と、食材を通じてつながっていくのです。
私は、こうして食材を調達して、料理して、提供して、味わうこと、その全てが、政治的な活動だと思っています。良い食材を買い、良い料理を作ることで、私たちの環境や社会を大きく変えることができるからです。

私のこの活動の大きな目的の一つは、先住民に、先住民であることの誇りを取り戻してもらうことです。
都会に憧れて多くの先住民の若者がサンパウロにやってきますが、都市部の人々の中には、文化も肌の色も体つきも言葉も全部違う、彼らを低く見る人も多い。なかなか良い職につくこともできないため、彼ら自身の自己肯定感も低いのです。
でも、私のレストランで世界の人が、彼らが育てたり、採ってきた食材を素晴らしいといい、時にはインタビューをされることもある。

それは、彼らが先住民であることに誇りを取り戻すことにもつながります。
私は、例えば「来週唐辛子が何キロ欲しい」というやり方はしません。彼らが持ってきたものをただ受け取ります。自然はコントロールできるものではないからです。私たちの文化は、完璧な形のイチゴが季節を問わず一年中手に入る、そんな文化です。でも、アマゾンの自然はそれとは違います。自然は機械ではないのです。そういったことも、アマゾンの人たちとの関わりの中から、自然に学んで行きました。

そして、アマゾンの、悠久の歴史と壮大な自然に比べれば、15年という年数も、その多様さ一つ一つに対応しなくてはいけないという意味でも、私たちがやっていることは、大河の一滴かもしれません。このプロジェクトが結果を出すのには、15年は短すぎます。少なくとも50年はかかるでしょう。時間がかかっても、多くの人が手を取り合って、進んでいかなくてはなりません。

長期的な視野で見ているということですが、将来的には次の世代に引き継ぐことも考えているのですか?

アタラ氏:
もちろんです。子どもたちが継ぐかもしれませんが、それはわかりません。継がなくても仕方ない、とも思います。人類学者には金銭を支払いますし、アマゾンの村に施設を作るなど、この基金にはとてもお金がかかるのです。ですから、企業などに献金をお願いすることもありまます。

ブラジル政府にもサポートを依頼しましたが、答えはノーでした。彼らは何もやりません。だからと言って、誰もやらなくていい、というわけではないのです。誰もやらないのなら、私がやるまでです。ですから、私の目標は、この基金を永続的に続けて行くことです。

私はこのプロジェクトを通して、世界中の人が興味を持つスペシャルな食材を受け取り、それを世界にプロモーションしています。それと同時に、私はとても幸せな気持ちを受け取っているのです。私たちは、子どもの頃から、お金をたくさん稼げば幸せになれると教わったけれども、本当にそうでしょうか?
私は、生活に必要なお金をのぞいて、自分が本当に幸せになれること、例えばこのアマゾンのプロジェクトにお金を使いたいと思うのです。

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■夢を追い、未来のブラジルの食を育む

あなたの元から、多くの才能が独立し、また新しい世代のシェフたちが生まれていると思いますが、一緒に働く人を選ぶのはどのように選んでいますか?

アタラ氏:
私のところに、まず研修に来てもらいます。この研修期間中、私たちは全てを見せます。中には、私たちのスタイルと合わずに、去っていく人もいます。
そうして、来た人に選んでもらう。わざわざ説得するのではなくて、自然と共鳴して働ける人と働きたいですし、お金のために働くのではなく、同じ哲学と情熱を共有できることが大切だと思っています。
彼らは私と働くうちに、自分の夢を見つけて、いつか巣立つ日が来るでしょう。

もちろん給料は払っていますが、何年も働いてくれた、ということは、私の夢をサポートしてきてくれた、ということ。ですから、お返しとして、私もそういった人たちの夢を応援します。レストランをオープンする人も、生産者になる人も、ゴミのリサイクルビジネスを始める人も、夢の形は色々です。
生産者になった場合は、品質をチェックして、大丈夫な場合は彼らから買います。ビジネスを始めた最初のうちは、買い手を見つけるのが難しいものです。私たちからスタートして、徐々に新しい客を開拓し、ビジネスが大きくなって行くのを見守ります。

ご自身の夢としては、新しくホテルを建てる予定とか。

アタラ氏:
はい、次のチャレンジとして、現在の場所から5ブロックほど離れた場所に、2021年にホテルをオープンし「D.O.M.」もその中に移転する予定です。日本の旅館のように、文化の体験ができる、ブラジルを体感できるホテルにするつもりです。元々、オープンした時から「D.O.M.」にはブラジルデザインの家具を使い、ブラジル音楽を流して来ましたが、そのコンセプトをホテルにも拡大する予定です。

ブラジルのレストランシーンはこれからどうなっていくと思いますか?

アタラ氏:
今、若手のシェフがとても頑張っています。昔はイタリア料理、フランス料理、日本料理などを学ぶ若者が多かったですが、今は、ファインダイニングからカジュアルレストランまで、ブラジル食材とブラジル料理にフォーカスした料理を探求している若いシェフたちが大勢います。私も、フードイベントなどを通して若い世代と情報を共有し、サポートしたいと思っています。ブラジルの食の未来は美しいと信じています。

(インタビュー・文・撮影:仲山 今日子)

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