世界大会でも、小さな喫茶店でも同じ。 目の前のお客様を楽しませるのが、僕の仕事。

Okaffe Kyoto(オカフェ キョウト)
岡田 章宏

■会社の期待を一身に背負って、歩み始めたバリスタ日本一への道。

いよいよ日本一のバリスタへの第一歩を踏み出したわけですね。

岡田氏:
でも、いくら僕だけが「日本一になりたい!」と言ったところで何も始まりません。ラッキーだったのは、小川珈琲の社内でバリスタを育てていこうという動きがあったことです

京都の老舗ロースターである小川珈琲では、最初はエスプレッソなんて必要ないという意向だったのですが、日本にはカフェブームが到来していました。このトレンドに乗り遅れるわけにはいきませんから、小川珈琲でもエスプレッソの技術を蓄積していかないといけない。そうなるとコーヒーの専門家であるバリスタが必要です。

そんな背景から、バリスタを育成するプロジェクトが立ち上がろうとした時、岡田というアルバイトが「日本一になりたい」とかなんとか言っている。じゃあ、こいつをプロジェクトに入れようという話になったんですね。

バリスタを育てたい会社と、バリスタになりたい僕の思惑が偶然にも一致した。本当にいいタイミングでしたね。

プロジェクトはどのように進んでいったのでしょうか?

岡田氏:
目標はバリスタの大会で日本一になること。そのために、まずは大会のルールに沿った抽出技術や求められる味を再現する必要があります。そこからは、ずっと研究室にこもっての試行錯誤です。

小川珈琲におけるバリスタの定義は、単にエスプレッソが作れるだけではダメ。あらゆる抽出技術とコーヒーの知識に精通していなければいけない、というガイドラインを僕自身が作りました。

研究室にいろんな豆を集めて、あらゆる角度から検証していくんです。とにかく社内にはエスプレッソを作ったことがある人なんて誰もいませんでしたから。こういう豆をこう焙煎したら、こんな味になった。このエスプレッソマシンを使うと、こう変わった。といった研究をしていくわけです。

孤独な作業ですね。

岡田氏:
本当にそうですね(笑)。社内でも、「岡田というやつがバリスタとして入社したらしいが、一体何をやっているんだろう」という感じだったんじゃないでしょうか。

当時は私を本社に引っ張ってくれた上司だけと連絡を取り合うような感じで、黙々と研究を続けていました。外に出ると言えば、たまに小川珈琲が開催するコーヒーセミナーで講師をするぐらいです。でも、この時の経験というのは、その後に欠かせないものとなりました。

人から教えられる知識とは違って、実際に自分の手で試行錯誤して身につける知識というのは、生きた情報です。たとえ誰が相手でも、自分の体験として自分の言葉で説明できるようになったのは、大きかったですね。

■手に入れた「バリスタ日本一」の称号。小川珈琲の広告塔へ。

そしていよいよバリスタの大会に出るわけですね。

岡田氏:
大会では大きく分けて2つの視点からジャッジが行われます。まずはエスプレッソの色・艶・香り・酸味・苦味・甘味・アフターテイストなどのジャッジ。もう1つが、バリスタの技術そのもののジャッジ。効率的な動きであるか、豆を無駄にしていないか、抽出器具を正しく使っているか、といった点です。

そして総合的に判断されるのが、バリスタが表現したいことが、きちんとコーヒーに現れているか。大会に向けてレシピを考え、ブレンド・焙煎から作り上げ、大会当日に味のピークを持ってこれるよう準備します。

日本一の称号を手にして、ミスター小川珈琲と呼ばれるわけですね。

岡田氏:
僕が日本一になったのは2008年です。2004年に社員として採用されてから4年目のことでした。そのころには社内のバリスタも僕だけでなくて、各店舗にバリスタがいて、組織も大きくなっていました。

何度か大会に出ているうちに、僕にあこがれて入社してくれる若い人も出てきて、最初は僕1人で始まったものが、気が付けば数十人の大所帯になり、いつのまにか「チーフバリスタ」と言われるようになっていたんです。小川珈琲の広告塔に抜擢されて、いろんなメディアにも出ていました。

社内での役割も増えて、営業部門や製造部門とも協力する仕事が生まれました。エスプレッソに適したブレンドや焙煎方法について意見して商品開発を手伝ったり、ホテルやレストランでエスプレッソを採用してもらうために営業担当者に同行したり。「バリスタ岡田」が、どんどん大きくなっていったんです。

知名度も高くなり、責任も増えていったのですね。

岡田氏:
バリスタを育成するプロジェクトは成功し、その成果が形となって出始めていきました。その成果に僕も周囲も満足していましたが、少しずつ僕がやりたい仕事とはちょっと違う形になっていったのも事実です。

元来目立ちたがり屋で、人前に出るのが好きだったのですが、チーフバリスタというのは管理職です。部下の育成や組織運営が主な仕事になるわけですが、どうも僕の性に合わない。「これがやりたかった仕事なのかな」と考えた時、やっぱり違うと思ったんです。

地位も名誉もあるポジションであっても、自分が望んだものではないと?

岡田氏:
小川珈琲でお世話になって10年が経ち、僕も40代になっていました。さぁ、これからの人生どうしよう、と思うとやっぱり人前に出るような仕事をやりたいわけです。

その一方で、現状のままずっと会社にいても悪い扱いはされません。コーヒーアカデミーを立ち上げて校長になるという話があったり、いろんな可能性がありました。でも、名選手が必ずしも名コーチになりたいわけじゃない。会社から役職をもらうことに魅力を感じなかったんです。

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